サステナブルな建築・都市のデザイン

2022/03/02
川島 範久氏(かわしま のりひさ)
川島範久建築設計事務所 主宰
明治大学 講師
川島 範久氏(かわしま のりひさ)

川島範久建築設計事務所主宰、明治大学理工学部専任講師。
太陽の光や風など自然・他者との繋がりのなかで生活することに「歓び(Delight)」が伴う環境デザインを追求する建築家。1982年、神奈川県生まれ。
川島範久建築設計事務所 ‐Nori Architects

いま、期待が寄せられている「サステナブル」な建築や都市のデザインには、何が求められているのでしょうか。また、それらの建築物や都市に対し、生活者は、今後、どのように向き合っていくべきでしょうか。建築家の川島範久 氏に「サステナブルな建築・都市のデザイン」をテーマにお話を伺いました。

目次

  1. サステナブルな建築・都市の実現と生活者の暮らし
  2. これから求められるサステナブルな建築・都市とは
  3. 「自然と繋がるDelightfulな建築・都市」をめざして
  4. サステナブルな建築物の実践事例
    「GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支社改修PJ」(2021)
  5. 生活者の主体性が重要。与えられるものではなく育てていくもの
  6. 編集後記

サステナブルな建築・都市の実現と生活者の暮らし

リサーチとデザインを連関させ、新しい未来を切り拓いていく

GOOD CYCLE BUILDING 001

私は、「自然とつながるデライトフル(Delightful)な建築」をモットーに、コンピューターを用いた環境シミュレーションに基づく自然エネルギー活用のデザイン、資源循環に配慮したマテリアルフローのデザイン、新しいエコロジカルなライフスタイルの提案を、小住宅から大規模ビルまでの様々な規模・用途の建築プロジェクトで行っています。

上記のようなテーマに基づき、自身の事務所での建築設計の実践と並行して、大学で研究活動も行っています。近年、環境配慮の重要性の認識は高まっていますが、それに対するソリューションが十分に出揃っているわけではありませんし、ましてやそれらがすべてすぐにビジネスに結びつくことはありません。そこで、リサーチを行い、それらに基づく小さな実践・実験を行い、それをまたリサーチにフィードバックする、とったリサーチとデザインを連関させていくことが、新しい未来を切り拓いていくためには重要だと考えています。

これから求められるサステナブルな建築・都市とは

この40年で、「サステナビリティ」という概念は、様々な観点から検証され、地球環境と人間社会を持続可能にするために必要な事項が年々拡大されてきました。建築について言えば、省エネを推し進めるだけではなく、人間の心身の健康が向上されるような質が伴っていければならないし、省エネも運用時だけでなく製造から廃棄までのライフサイクルで考えなければいけないし、省エネだけでなく発電や蓄電も組み合わせていくことを考えると都市スケールでのエネルギー融通も考えなければいけない、というように。さらに、2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)では、以上に加えて、森林や海洋といった地球環境の生態系の問題だけでなく、格差や性差といった人間社会における問題などにまで視点を広げて「サステナビリティ」を考えるべきだ、ということが主張されています。

しかし、地球環境や人間社会全体のために、ひとりひとりの本来の暮らしが犠牲になることは避けなければなりませんし、かといって自分の身の回りのことだけを考えて、地球環境や人間社会の問題がないがしろにされるのも問題でしょう。建築・都市を通して、私たちの生活環境は、地球環境と人間社会と否応なく連関するということ。私たちのひとりひとりの行為の集積が結果的に惑星規模の影響力を持つということを認識することが、サステナブルな建築・都市の実現に向けて、まず重要だと考えています。

「自然と繋がるDelightfulな建築・都市」をめざして

では、具体的にはどうすればよいでしょうか。まずは、私たちの生活を「とりまくもの」について可能な限り想像力を広げ、それぞれができることを一つ一つ積み上げていくことから始めていくしかないと思いますが、それは決して、ただ義務感や倫理観に拠るようなものではないはずです。それは自分以外の他者との繋がりを再構築していく行為であり、それには歓び(Delight)が伴うはずだからです。

例えば、降り注ぐ太陽や自然の風など、そこにあるものをできるだけ丁寧に活かそうとすることを考えていくと、地球に与える負荷が小さくなるだけでなく、気持ちの良い快適な環境をつくることにもつながります。また、自然物である木や土を建築空間に使用することも、人工的なプラスチックやコンクリートに囲まれた空間と比べて、豊かに感じるものです。動植物が生き生きと育つことができる環境は、地球の生態系へのダメージが少ないだけでなく、人間にとっても気持ちの良い環境なはずです。

本当に持続可能な社会は、このような「自然とつながるデライトフル(Delightful)な建築・都市」を通してこそ、実現可能になると考えています。

サステナブルな建築物の実践事例
「GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支社改修PJ」(2021)

では、そのような「自然とつながるデライトフル(Delightful)な建築・都市」の理想形があるとして、その実現のために、これまで造られてきた都市・建築をなかったことにするわけにはいきません。そうしようとすれば、膨大なゴミが発生してしまうからです。しかし、すでに存在している建築物のポテンシャルを丁寧に読み解き、適切な改修を行えば、自然の光・風を取り込めるようにすることも可能です。また、都市の建築物をすべて自然素材だけでつくることができれば地球環境に与える影響は小さくなるかもしれませんが、現代の都市においては、防災などの観点からは現実的ではないでしょう。重要なのは、自然素材は、人工素材とは分離できる形で、いずれは土に還すように用い、人工材料は人工素材でアップサイクルされ続けることができるように、建築のつくり方を見直していく、ということです。そして、これは既存建物のリノベーションにおいても実践可能です。

GOOD CYCLE BUILDING 001 左:改修前,右:改修後 (photo by Jumpei Suzuki)

そのようなことを考えて実践した建築事例が「GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支社改修PJ」です。総合建設会社・淺沼組が推進する「人間にも地球にもよい循環」をつくる『GOOD CYCLE BUILDING』の第一弾・フラッグシップとして、築30年の自社ビルを環境配慮型ビルへリニューアルするプロジェクトです。既存躯体を最大限活用しながら、自然の光・風に対するアクセシビリティを高め、新たに加える材料は可能な限り土や木などの自然素材としました。

建設残土を用いたエントランスホールの土壁(photo by Jumpei Suzuki)

土の原料には淺沼組の愛知県内の他現場から出た建設残土を使用しました。建設残土はガラが含まれ除去に手間が掛かるため、通常は使い物にならないとされてしまうのですが、ふるいに掛けて分別することで活用可能な資源とし、土を塗る工程にもユーザーが関わることで、仕組みを知るとともに愛着を持ち、メンテナンスも自ら行えるようにしました。また、近年は土壁の材料に耐久性向上のため石油由来の材料やセメントが添加されることが多いですが、今回は材料に不純物を加えることをせず、将来塗り直す際には材料として再活用でき、いずれ土に還すことができるようにしました。

吉野杉丸太を用いたファサード(photo by Jumpei Suzuki)

木材は、淺沼組と古くから縁があり、持続可能な管理をしている奈良・吉野の森からの杉を主に使用しました。吉野杉丸太による正面ファサードは、一本の杉から取れる可能な限り大きな径の丸太を、上層にいくほど径が小さくなるように、未乾燥のまま、取り外し可能な状態で取り付けています。これは、木を自然に立っているのと近い姿で感じることができるようにするとともに、発生する端材を最小限に抑え、乾燥後の将来的な転用可能性を最大化することを意図しています。それでも発生する端材は、それらを集積させて家具にしたり、杉の香りを楽しめるプロダクトに活用したりしました。他にも、既存建物の材料の再利用や、都市で発生するゴミを利活用する試みも行いました。

端材を活用した家具が配された2階ラウンジ(photo by Jumpei Suzuki)

生活者の主体性が重要。与えられるものではなく育てていくもの

では、サステナブルな建築・都市の実現に向けて、生活者はどうすればよいでしょうか。重要なのは「サステナビリティというのは企業などの他者から与えられるものではなく、自ら育てていくもの」だということです。ある企業が何か素晴らしいサステナブルな商品をつくり、それを生活者が購入したら解決というわけではなく、生活者の暮らし方が変わらないと根本的な解決にはならないのです。

自然の光や風を取り込める設計になっていても、生活者が窓の開け閉めを行わなかったり、ブラインドを下ろしっぱなしにしていたりでは仕方ありません。土や木という自然素材は、人間がメンテナンスを続けていかなければ、劣化していってしまうものです。一方、丁寧にメンテナンスをしていけば、味が出てきて愛着が増していきます。都市における植物も人間が世話をしなければ生きていくことができません。しかし、適切な方法で世話をすれば、生き生きと育っていきます。

ひとりひとりの暮らし、日々のふるまいの集積が、地球の生態系に影響を与えます。環境に負荷を与える行為の集積は地球を破壊へ向かわせますが、逆に、ひとりひとりの環境を改善する行為が集積すれば、地球は健全な方向に向かうはずです。

生活者は、家や都市に自ら関わり、育てていくということを通して、自然とのつながりを楽しむことができ、豊かな気持ちになっていくはずです。建築や都市に限らず、サステナビリティは与えられるものではなく、育てていくもの。生活者の主体性が重要だと、私は考えています。

編集後記

サステナブルな建築や都市というと漠然としたイメージしかありませんでしたが「自然と繋がるデライトフルな建築・都市」という概念をわかりやすく解説いただき、とてもハッピーなイメージが湧くようになりました。そして生活者として、ただ与えられるものを受け入れるだけではなく、ひとりひとりが建築や都市と積極的に関わり、学び、育て、生活を楽しんでいくことが、結果的に理想的な地球環境を作り出すことができるのだと実感しました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。