INNOVATION LAB
VOICE OF THE EXPERT

専門家インタビュー

アートとロボティクス

ロボティシスト/ロボット研究者 東京藝術大学 特任講師

ちからいし たけのぶ力石 武信氏

「秘密結社Strange Attractor」団長 ロボットアートやヒューマン・ロボット・インタラクションを専門に活動。 芸術作品としてのロボット開発を行う「秘密結社」を結成し、従来の枠組にとらわれないロボット開発と創作活動を行っている。大阪大学大学院 石黒浩 研究室在籍中、愛地球博にてアンドロイドの展示に参加し、「人々に見せるロボット」に関心を持つ。2010年に世界的演出家 平田オリザ氏の率いる「ロボット演劇」プロジェクトにロボットディレクターとして参加し、芸術分野での活動を開始する。芸術・工学の枠組にとらわれない多角的な視点で活動中。大阪府出身。

ロボティシスト/ロボット研究者として、東京藝術大学での研究だけにとどまらず、ロボット演劇プロジェクトのロボットディレクターとして活躍中の力石先生。多くの企業がその意義を認識し始めている「アート思考」、およびアートの視点でのSDGsへの関わりかたを伺いました。

アート思考

近年、ビジネスの世界でも「アート思考」という言葉が注目され、「創造性」が求められています。今、私たちが生きる時代は、Volatility(不安定)・Uncertainty(不確実)・Complexity(複雑)・Ambiguity(曖昧)の頭文字を取ってVUCAと言われるような「正解のない世界」であると言われています。ビジネスの世界でも、従来の価値観や評価基準に基づいて、どれだけ優れた製品を作ったとしても、VUCAな世界においては、付加価値を生み出し続けにくい時代だと言われています。このような時代においては、「モノからコトへ」と言われるように、企業が生む価値が「性能や機能」から「体験や意味」へシフトして行くことが求められます。すなわち、企業が持続的に活動していくためには、これまでのような製品の高性能・高機能化を目指した製品作りではなく、独自の付加価値を生み出すことが求められています。 そこで、「アート思考」が注目されています。アート思考とは簡単に言うと、アーティストの作品制作における思考方法から学び、製品作りや価値の創出に取り入れようとする考え方です(図1) 実は、私自身も工学からアートへの変遷を自分の人生として経験して来ました。私はアンドロイド研究で有名な大阪大学の石黒浩先生の研究室の出身で、大学院生の頃からアンドロイドを人間らしく動かすことを研究テーマにしていましたが、現在は、東京藝術大学へと移り、アート分野へのロボティクスの応用を目指して活動をしています。

図1 あり得ない状況を生み、自分の思い込みの壁を越えるワークショップ。 参加者は、貢献(DONATE)逸脱(DEVIATE)などを経て、アーティストが作品を生み出すプロセスを体験。 (“Art Thinking Improbable”, S.Bureau, 2018)

ロボットの振る舞いと演劇

通常、ヒューマン・ロボット・インタラクション研究では、ロボットがどのように振る舞ったら、人間の心に影響を与えられるかを考えます。そのために、認知心理学、社会科学などの、人間科学に基づくことがとても多くなります。しかしながら、このような人間科学を元にロボットを開発するという手法には問題があります。なぜなら、これらの研究分野が人間のことを完全に解明しないかぎり、人間らしいロボットを作れないということになってしまいます。それはロボットの開発に制限をかけてしまいます。しかし、ロボット開発で必要なのは、ロボットが人間の心に働き掛ける方法を知ることであり、その方法が必ずしも学術的体系の中で、解明されていなくても良いはずです。 そこで、演劇の利用が考えられます。例えば、俳優は舞台上で本当に悲しいから泣くのではなく、俳優の演技力や、演出家の指導力として、その表現技術が用いられています。これをロボットの開発に利用できるのではないか、という考え方に基づき、ロボット演劇プロジェクトは始まりました。 このような経緯で、私自身も、ロボットディレクターとして世界中の劇場や映画に登場するロボットなどを動かして来ました(図2、3)

図2 「アンドロイド版 変身」 作:カフカ、演出:平田オリザ、ロボットディレクター:力石武信
図3 「アンドロイド版 三人姉妹」 作:チェーホフ、演出:平田オリザ、ロボットディレクター:力石武信

私は、科学と芸術を次の図4のような対応関係で考えています。

図4 「芸術と工学」(力石, 2019)

まず図の右側を見て下さい。工学は、科学から得た方法論を用いて、なんらかの課題解決を行います。ノードソンさんにおいても社会的な課題に対して高度な技術力でソリューションを提供し、社会に貢献しておられると思います。次に図の左側をみると、芸術表現から得られる方法論を用いて、共感を設計して課題を解決するのがデザインだと考えられます。 これに対して工芸という世界もあります。工芸は、用途のある道具を「素材の味」を大切にしながら精緻に作る所から始まり、その道具の本来の用途を越えた面白さまで到達することを目指します。すなわち、課題解決と真理の探究の両方にまたがった活動だと言えます。また、近年注目されているメディアアートという分野も、工学から始まり、課題解決に閉じずに表現を行うという意味で、工芸と似たような位置関係を持っていると考えています。 私はこの観点から、ロボットも、用途から始まり、用途に閉じないものであり、工芸やメディアアートと同じ位置にあるものだと考えてみると、とても面白いロボットが出来ると思っています。そこで、同じ志を持った様々な専門家を集めた、秘密結社を作り「Strange Attractor」と名付けました。この秘密結社の第一弾のロボットでは、特に鍛金という工芸に注目しています。鍛金工芸の中でも、江戸時代に始まった、自在置物という工芸分野があります。このような味わいを生かし、見ていて飽きないロボット作りを目指しています。これまで動くことがなかった作品に先端技術を用いて動きを与えることで、新しい表現分野が開かれると考えています。2021年の春には第一弾の工芸ロボットを披露できる予定です。

江戸時代に作られた多自由度リンクをもった金属工芸作品
(1713年 明珍宗察作、東京国立博物館所蔵)

アートとSDGs

SDGsには多くの目標とターゲットがありますが、そこには一つもアートの項目がありません。それは、アートは人類に必要がないものかというと、私は全く逆だと思います。実は、SDGsのすべての項目にアートは内包されているのだと思います。社会問題に新しい視点を提供し、多くの人々と共に考えることは、アート活動そのものです。すなわち、アート思考を用いれば、SDGsの視点から見た人類社会への貢献やグローバル企業としての理念を、社会に広く共感を得ることもできると思います。