新紙幣にも採用されたユニバーサルデザインが果たすSDGsにおける役割とは
- 東京都市大学 大学院環境情報学研究科都市生活学専攻・都市生活学部 准教授西山 敏樹氏(にしやま としき)
慶應義塾大学総合政策学部、同大学院政策・メディア研究科修士課程および後期博士課程を修了し、2003年3月博士(政策・メディア)学位取得。2015年4月より現職。国土交通省所管の一般財団法人地域開発研究所の客員研究員を永年兼務し、大学・シンクタンクの双方でユニバーサルデザインとエコデザイン(環境低負荷デザイン)の融合方策を実践的に研究・提案している。
目次
高齢者の重要な足である路線バスを守りたい
私は幼少期から祖母や叔母の家へ行くのに路線バスを利用しており、小学校高学年からは、バス好きも高じて一人で乗って出かけることもありました。
高齢者が乗り合わせており、普段は見かけない学生が乗っているのがめずらしかったのか、よく話しかけられたものでした。路線バスは、高齢者の重要な足の一つです。今でこそバス会社の赤字や倒産の問題は明るみになっていますが、私はバスやバス会社のことを小学生当時から好んで調べていたこともあり、いつかこうした事態を招くことは予想がついていました。このままでは高齢者の身近な移動手段がなくなってしまうと不安に感じ、中学生になってから本格的に課題解決の方法を調べ始めました。
(写真提供:東京都市大学 西山敏樹准教授)
そこで必要だと感じたのが、バリアフリーとユニバーサルデザインでした。
バリアフリーの考え方は1974年頃に日本に伝わり、その後、米国がユニバーサルデザインを提唱し始めました。ユニバーサルデザインとは、「ユニバーサル=普遍的な、全体の」が意味するように、年齢や障がいの有無などにかかわらず、はじめからできるだけ多くの人が利用可能であるようにデザインすること。バリア(障壁)を取り去るのではなく、最初からみんなが使えるようにデザインするという概念です。
日本では1985年頃からユニバーサルデザインが報じられるようになり、10歳のときに初めて興味を持ちました。中学生になり、これまで調べてきたことを読者投稿型バス専門雑誌に投稿したところ、リフト付きバスやスロープ付きバスなどの高福祉車両の導入状況や導入時の問題、課題等をまとめたリポートを採用いただきました。
路線バスを守るためには、バリアフリー化やユニバーサルデザイン化を進めながら、同時に運転手が減っても対応できる自動運転の電動バスを視野に入れる必要があると、強い課題意識を持つようになりました。大学で研究したいと考え、選抜式のAO入試に志願したところ、「ぜひ、うちで研究しなさい」と受け入れてもらいました。それ以来、ずっと研究テーマは変わっていません。
ユニバーサルデザインとエコデザインの融合
あるとき電気自動車の研究を行う教授がバスの研究に取り組もうとしていた折に声がかかりました。結局、高校生時代から30年にわたって電動バスの研究を行ない続けています。
電動バスを作る過程で可能性を感じたのが、エコデザインとユニバーサルデザインとの融合です。電気自動車は排ガスのないエコデザインの代表格。エコを追求するにつれて、実はユニバーサルデザインに近づくことが分かったのです。
(写真提供:東京都市大学 西山敏樹准教授)
目指したのは、フルフラットな電動バス。日本のバスはノンステップバスとうたいながらも、後部座席の下に大きなエンジンを格納するスペースが必要であることから、どうしても段差ができてしまいます。エンジンをなくし、車輪のホイール部分に駆動モーターを搭載できる電動バスなら、バス後部の段差をなくし、完全に平らな状態が実現できるので、自然とユニバーサルデザインになります。そのエコな電動バスを国内メーカーとの協働で試作し、実証実験を行うまでに至りました。
電動車は静音で排ガスゼロである強みから、建物の中に入っていけることに可能性を感じています。広いデパートや空港、医療機関内で高齢者が歩き回るのは大変ですが、電動車を使えば移動の負担は大きく減ります。
そこで医療機関向けに、小型車に診察券をスキャンして乗り込めば、そのまま必要な診察室や検査室を自動で回ってくれるパーソナルモビリティを製作しました。将来は救急車が医療機関の中に入り、処置室まで迅速に行けるようになれば、大きな価値を生み出すと考えています。
ユニバーサルデザインの研究では、鉄道会社と共に、地方の過疎化や公共交通機関の廃止、食料品店の減少などに伴い、気軽に食料品や日用品を調達できない「買い物難民」を救う取り組みも行っています。経営難に陥っている地方の鉄道会社と共同で、特に免許返納したため車を運転できずに買い物難民となる70代以上の高齢者をサポートするべく、駅に停めた電車内をスーパーマーケットにする試みを行いました。3回行いましたが、予想以上の反響があったことから、特に可能性を感じています。
(写真提供:東京都市大学 西山敏樹准教授)
新紙幣のユニバーサルデザイン
今回の新紙幣にユニバーサルデザインが採用され、注目を集めたことは、非常にありがたいことです。誰もが必ず使う紙幣ですから、ユニバーサルデザインの浸透がさらに進んでいくことを期待しています。
新紙幣に採用されたユニバーサルデザインの一つは、指で触って券種を識別できるマーク。現行よりも触ったときに分かりやすい形に統一され、券種ごとに位置を変えることで券種の識別もしやすくなりました。そして額面数字を大きくしたり、ホログラムとすき入れ(すかしを入れること)の形や配置を券種ごとに変えたりしたことも注目に値します。身体の不自由な方や高齢者にとって、より分かりやすく、使いやすくなったのではないでしょうか。
偽造対策も進んでいます。ユニバーサルデザインには公平性も要件に含まれているため、偽造によって損する方が減り、公平性が担保されることによる安心安全性も期待できます。
これまでもユニバーサルデザインが採用されてきましたが、控えめだったと感じています。今回は世界的に広がるSDGsを受け、ユニバーサルデザインがSDGsのコンセプトである「誰一人取り残さない」に合致することもあり、目立つように施されたのではないかと考えています。
SDGsの目標達成のために必要なユニバーサルデザインの役割
ユニバーサルデザインはSDGsの目標達成に重要な役割を果たします。最もSDGsと関係していると考えられるのは、次の7原則です:
原則1 誰でも公平に利用できること
原則2 いろいろな方法を自由に選べること
原則3 使い方が簡単ですぐにわかること
原則4 必要な情報がすぐに理解できること
原則5 うっかりミスや危険につながらないデザインであること
原則6 無理な姿勢をとることなく、少ない力でも楽に使用できること
原則7 アクセスしやすいスペースと大きさを確保すること
これらをすべて守ってモノづくりを行うことで、取り残される人が極めて減るのではないかと考えています。
バリアフリーはSDGsに寄与することはむずかしいでしょう。なぜなら、バリアフリーは特定の層向けの対応であるため、対象外の人が困ってしまうこともあるからです。日本ではかつて車道と歩道の段差をなくすバリアフリー化により、車いすの方が横断歩道を渡るときなども、容易に車道と歩道を行き来できることが喜ばれました。しかし、白杖で段差を確認している目が不自由な方にとっては、車道と歩道の境目の区別がつかなくなってしまい、問題となってしまったのです。そこで車いすの方が簡単に行き来でき、白杖を使う方も確認できることが両立されるよう、車道と歩道の段差は「2cm」を標準とするルールが決まりました。
このような問題が起きないよう、はじめから皆で合意形成して、すべての人を包含するようなものを最初から作るユニバーサルデザインは、SDGsの目標達成のためにもとても重要な考え方です。
ユニバーサルデザインの未来
ユニバーサルデザインの浸透はこれからということもあり、エコデザインとの融合は少し遠い未来となりそうです。
しかし、明るいきざしを感じる事例として、鉄道駅バリアフリー料金制度の創設があります。本制度は、駅などのバリアフリー化にかかる費用を運賃に上乗せするもので、2021年12月より開始されました。今後、高齢化がさらに進んでいく中で、駅や電車のバリアフリーやユニバーサルデザイン化の必要性が増しています。しかし、コロナ禍でテレワークが増えたことで定期券収入の減収を受け、低迷している鉄道会社がこれに対応していくためには、運賃に料金を上乗せするしかありません。
バリアフリー料金を運賃としてもらうことで、鉄道会社は「この駅の、こういうところがよくなる」とバリアフリーやユニバーサルデザイン化を具体的に実施せざるをえなくなります。料金が発生することで必然的に社会に注目されることから、よりユニバーサルデザインの認知度も上がっていくでしょう。私は、この点が非常に重要なことだと考えています。
先にお伝えしたノンステップバスと電気自動車の融合事例について、大学ではイノベーションの発想法の具体例として教えています。一つのイノベーションに満足するのではなく、イノベーション同士を融合させていくことが、これからの時代には重要だと思っています。実際、私も足し算や掛け算を重ねながら進めてきました。
ビジネスを行う際にも、未来をつくるための発想方法として役立つのではないでしょうか。
編集後記
ユニバーサルデザインについて、これまで言葉は知っていたものの、詳しくは知りませんでした。先生のお話を伺いながら、SDGsや新紙幣をきっかけに改めて注目される時代がやってくるのだと感じました。そしてエコなデザインが同時に取り入れられることで、すべての人々を包含した理想の社会の仕組みが生まれていくことに、希望が湧きました。
- ライター石原亜香利
多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。