INNOVATION LAB
VOICE OF THE EXPERT

専門家インタビュー

数学が育てた創造性~楽しい?難しい?
STEAM(スティーム)教育入門~

株式会社steAm 代表取締役 CEO/
大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー/
内閣府 STEM Girls Ambassador

なかじま さちこ中島 さち子氏

株式会社steAm 代表取締役 CEO、株式会社 STEAM Sports Laboratory 取締役を務める。ジャズピアニスト・作曲家・STEAM 教育家としても活躍。国際数学オリンピック金メダリストであり、数学研究者としての顔も併せ持つ。また、2025年に開催される大阪・関西万博におけるテーマ事業プロデューサー(テーマ「いのちを高める:遊び・学び・芸術・スポーツ」)としての活躍も期待されている。中学生の娘を持つ一児の母、大阪府出身。
https://steam21.com/

この頃話題のSTEAM教育について調べていた時、とても楽しそうに教育の未来を語る方の動画を見つけました。その方は肩書きをいくつ並べても言い表せないほど多方面で活躍されています。音楽家で数学者、大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーでもある中島さんに「いのちを高める教育について」伺いました。

STEAM(スティーム)とは

引用元:音楽×数学×自然~境界をこえた掛け算創造の時代|中島さち子/北村久美子|SIW2020(https://youtu.be/kcfmUWDtoiU?t=405

創造的・実践的・横断的でプレイフルな学び方、ワクワク(興味・関心)を軸とした「創る」と「知る」の循環を指す言葉です。 Science:科学、 Technology:技術、Engineering:工学、Art(s):藝術・リベラルアーツ(社会)、Mathematics:数学の頭文字から付けられました。最後にSports:スポーツ・身体性のSを付けてSTEAMS(スティームス)と呼ばれることもあります。
ワクワクと魂が輝くような学びのシーンを想像してみてください。そういう環境で学べる機会を作ろう・増やそうという取り組みが世界的に拡がっています。

考え続ける力で得た「金メダル」

高校時代に出場した国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダルを受賞。ここからどんな人を想像するでしょうか。あらゆるモノやコトを数式で書き表すような人物?恐るべきスピードで暗算を正確にやってのける人?実は割り勘の暗算もだいたい間違えるようなタイプですよ、と言ったら驚かれますか?
1996年インドで開催された国際数学オリンピックに参加し金メダル受賞(写真提供/中島さち子)

計算も楽しいのですが、証明問題のような、考えて考えて答えや新しい世界観を導き出すタイプの数学が好きです。数学オリンピックで出題される問題は受験数学とは全く趣の異なる、過去に見たことのない顔の数学です。4時間半で3問解く、とにかくジックリ考えることが要求されます。わたしは数学の中でも、粘り強く試行錯誤を繰り返すことで解に近づくタイプの問いを「面白い」と思います。持っている知識や発想を総動員して何時間でも考え続けることができる。時に発想を自由に飛躍させる。思いもしないようなものとものを結びつけて、何かポーンと新しい見え方がひらく。こんな体験や「好き」がわたしの強みになりました。

数学オリンピックで出題されるものに限らず、数学には様々な顔があります。解き方も一つでなければ、応用範囲も一つではない。sin(サイン)、 cos(コサイン)に限らず、数学は役に立たない学問のように言われることはままあります。しかし、実際には生活のあらゆるところが数学に支えられています。それはコンピュータを使ったサービスかもしれないし、何か物体の形状を決めたかもしれません。いろいろな数学がある中で、わたしは泥臭くても深掘りをして、自分なりの感覚で何かが見えてくるところに楽しさや面白み、自由性を感じていて、それが数学に向いていたのかなと思っています。この機会に数学の世界に興味を持っていただけたら嬉しいです。

大阪・関西万博と創造性の民主化

2025年大阪・関西万博へはテーマ事業プロデューサーとして参加しています。担当テーマは「いのちを高める」です。とても大きくて、よく考えると深いテーマだと思いませんか。
『遊びや学び、スポーツや芸術を通して、生きる喜びや楽しさを感じ、ともにいのちを高めていく共創(Co-creation)の場を創出する。』教育というと、机に向かって教科書を開くイメージがありますが、それだけにとどまらない多様な人達の多様な学び・遊びを創造したいと思っています。2025年、象徴としての夢洲(ゆめしま)パビリオンは期間限定公開となりますが、事前の「今」から、世界中のいろんな面白い点と点をつないで、あなたもつないで、さらに先までを見据えた展開をしていきたいと考えています。

 
『未来の先生展2017』ワークショップでの作品(写真提供/中島さち子)
今の時代、STEAMもまさに創造性を開くというか、創造性の民主化と言ったりしています。みんな誰もが持っている創造性、何か価値を見いだしていく喜びみたいなものを、発揮していかなくてはいけない時代にもなっていますし、発揮できる時代です。

これまで、一度に多くの人へ思いを伝えることができるのは、ごく限られた人でした。今ではインターネットで誰しも面白いことを思っていれば発信できますし、共創(Co-creation)もでき、広めていくことができるという時代です。やはり創造性がすごく大事だと思います。ただ、社会の構造とか文化がその域に追いついていないので、2025年に向けて社会の中のワクワクを高める何かを実現させていきたいと思っています。

子どもを象徴としつつも、実は0歳児から120歳児まで!と言ったりしていますが、おばあちゃんおじいちゃんでも、普通の大人の方々でも、みんなが持っている個性が面白いです。一人ひとり違う輝きが発揮され、それがちょっと見える化されるような仕掛けがされている。それが同時に社会の構造を変えていき、2025年までにみんなの創造の喜びの象徴としてのパビリオンが立ち現れるというストーリーを実現できたら最高!と思っています。

様々な距離感で見る

例えば、STEAM教育の話題において「日本の教育では創造性のポイントが低い、遅れている」といったネガティブなコメントを耳にすることもあるかと思います。確かに、そういうレポートは出ていますし、画一的な教育とか、自尊感情が低いなどの論調については理解します。しかし、アニメやものづくりなど、日本の創造性は海外から一般的にとても高く評価されています。

また、日本の教科書の内容は世界的にも高く評価されています。とてもコンパクトに内容が詰まったレベルの高い教科書です。授業中、ほとんどの生徒が静かに着席して授業を受ける、教室の掃除をする、などの日本の当たり前も、世界では驚きの対象だったりします。日本なりの良いところがあり、可能性があるのです。

従来の受験勉強や工業製品の品質向上という観点では、日本のこれまでのやり方が合っていたのだと思います。ただ、決められたルールの中でキチンとしていることが大切だった時代から、今はいかにルールを作れるかが重要な時代に変わってきています。

物事を俯瞰して、モデリングできる力。様々な特徴を活かしてプロデュースする力、人々を巻き込む力など、これからより重要性が増していく力について、現在の日本のやりかたでは遅れを取った部分があるかもしれません。せっかく独特の感性や創造性をもっているにも関わらず、現状、専門性をかけあわせて横断的に何かを共創すること、答えがない問いに向き合うこと、問いそのものを生み出すこと、などがまだ文化的に苦手で社会構造的に弱いというのは、非常に勿体ないことだと思います。

数学力とは?

例えば、大阪・関西万博をどう再定義するかは私たち次第です。思わずみんなの心が高まり踊り出すような、最高のストーリーを実現するためには、仲間やサポーターなど多くの力が必要です。是非応援いただけたらと思います。一緒に楽しみましょう。このご時世、みんなで何かを楽しもうということが言い出しにくい空気もありますが、未来への夢を語る題材として2025年の大阪・関西万博には可能性があります。特に、「いのち」や「共創」といった幅広い多様な存在をテーマにしているので。オープンな開かれた問いと共創・協働、変わりゆく社会を受け入れる柔軟さと自由。なお、こうした自由な視点は数学の世界でも重要です。

例えば、ピタゴラスの定理。机の上で三角形を書いて、テストでも答えられるし、証明もできますよね。三角形のある場所が平面であれば。でも、厳密に考えると地球は球体なので、表面は「平面」という前提条件が成り立ちません。そう、ピタゴラスの定理は成り立っていないのです、もの凄くミクロで見たら。このように、ある前提の中でこうですよと成り立っている場合、前提となっている条件が少しでも揺らぐと「え?ここ、本当にそうなのかな?」となった瞬間に全然違う世界が入ってきたりするのです。面積と角度が関係しているとか、いろいろな予想もしなかったものが実は関係しているのが見えたりもします。

数学力にはいろいろな力があると思うのですが、第一に、自由に発想する力だとわたしは思っています。本当に「1+1って何なのかな?バナナの1とリンゴの1は同じなのかな?」と考えるところが大事です。そうこうしているうちに先生から「何をいっているんだい」と言われて算数嫌いの道へ足を踏み入れてしまう子も多いと思います。

実はこれからは、自由に物事が見られるか、いかに多角的に、柔らかく捉えることができるかということが重要になってきます。そして、大事な本質だけいくつか抜き出して、それをモデル化すると、すごく大事なことがシンプルに見えてくる場合があります。

世界では、コンピューティングスキルは全ての21世紀を生きる人々にとって重要であると言われています。これは、日本語では計算的思考と訳されていますが、ここで本当に大切と思われているのは計算作業以上に、例えばモデル化であったり、物事の本質や大事な鍵を抽出する力、つなげる力です。そして、試行錯誤力。プログラミングにもこのスキルが生かされています。計算ドリルのような答えが決まっている内容は、これからは機械がいくらでもすごいスピードでやってくれるかもしれません。しかし、新しいモデリングや問いを生み出すことは、まだまだ試行錯誤力や創造力・感受性を豊かにもつ人間にしかできないことと言えるでしょう。

2021年5月開催 KIOI STEAM LAB『Playful Coding ver. “Rose”~薔薇と数学とプログラミングと身体~』にて
(写真提供/中島さち子)

数学の頭の中の世界では(それが医療や製品などに関わらない限り)いくら失敗しても誰かの命や財産を傷つける心配はありません。いずれは実用化されて生命財産にも関わりますが、それはまた別の話。数学の問題としてウネウネと試行錯誤することで感覚を養い、ポンッと飛躍したアイディアを生み出せる素地を作りましょう。なかなか解けない問題や数学という自由な学問世界の中で悪戦苦闘する時間こそ学びの時だと思います。そういう意味では、失敗力というか試行錯誤力は数学などの世界で養えると信じています。

ジャズの醍醐味

ジャズという音楽ジャンルを定義するのは難しくて、人によって捉え方は様々だと思います。わたしにとっては、即興でその場でその人達なりの音楽を重ね合わせるという部分が、醍醐味なのです。ジャズは小説、もっと言うと人生に近いというか。この人とこの人がたまたまここで出会って、いろいろあったりします。喋りだと1人しか喋れないけれど、それでも聞き手がうなずいてくれたり視線が合ったり、たとえオンラインのビデオ通話だったとしても「この場にいる」という感じがしますよね。ジャズは、その「居る」を音で表現しているという感じです。しかも、これとコレを重ねたらどうだろう?というある種実験的なことをドンドンやりながらも、詩的な要素があります。「わたしはこう感じるんだ」ということを言葉や意味を越えたところで表現することができるのが凄く面白くて。まさに、答えがないことに対して瞬間、瞬間の答えを求める感じですね。

 
Trio MATHEMATA
ピアノ=中島さち子、サックス=鈴木広志、パーカッション=相川瞳
引用元:Aktio Note 音楽 FEB 16,2021

自由度。自由に発想すること。数学も最終的には人間的なものだと思っていて、研究の中にもその人らしさが現れてきます。その人らしい研究でなければ続かないし、喜びがない。だから結果も出ないという負のスパイラルがありまして。音楽も、最初はみんなテクニックの上達を目指すところから始まり、良い音楽として「その人らしい世界観を持っている音」を持ってくることと重なります。

自由かつ、その人らしさがあって、しかもそれが人と関わるたびに変わっていくようなところが非常に魅力的です。そういう意味で、ジャズはちょっと数学に似ているなと思います。

天才性のカケラを持ち寄ろう

ハーバード・ビジネススクールのリンダ・ヒル教授が提示している、コレクティブ・ジーニアス(Collective Genius)という概念があります。ひとりひとりはスライス・オブ・ジーニアス(Slices of Genius)で天才性のカケラみたいなものを持っているのだけれど、それがあつまって集合天才みたいなものになるという考え方です。わたしもそう思います。

そしてそこには相互信頼が本当に大切です。いくら凄い人でも、相手を軽んじてしまったらやっぱり一緒にやるのは難しくなります。

信頼し、尊重し、影響し合う。これが相互に行われることが重要です。その上で、探究心とデータ。数字とエビデンスに基づいてやるということ。あとはメタ認知。俯瞰して考えるということは、やはり大事にしていかないと、なかなかコレクティブ・ジーニアスが生み出していけないので、凄く大事と思っています。その上でちゃんとぶつかりあって、何かを本気で生み出そうとする。この衝突を、同志社女子大学名誉教授の上田信之先生などは“Playful Clash” などと表現されています。Playful の一番の根幹は本気・真剣であること。そのためには、信頼や尊重があった上での衝突・対立もとても大事です。弱さを見せ合えることも大事ですね。

お互いの間の余計な緊張感を取り払い、パフォーマンスを発揮する意味でも、相手に対して反応しあうとか、お互いが気持ちよくいられるような振る舞いをすることも地味ですが、大きな意味のある行動です。言葉以外にも視線や頷きなど、伝える方法は沢山ありますね。

カテゴライズの向こう側へ

関わる人達とより良い関係を築き、コレクティブ・ジーニアスの実現を考える上で避けて通れないものの一つがジェンダーだと思います。特に理数系では女性の人数が少ないからか、理系女子(リケジョ)とカテゴライズされてしまうことも数多く経験しています。

相手を○○女子、○○男子などとカテゴライズしているとき、果たして相手を一人の個人と思っているでしょうか?心の中でレッテルを貼って、想像上のキャラクターに相手を押し込めてはいないでしょうか。

私や、私が出会ってきた人達は、誰一人自分をカテゴライズされたいと思ってはいませんでした。自分個人として正面から向き合う関係性を作ること。それは、カテゴライズをやめて、相手の名前で呼びかけることから、始められると思いませんか。一緒にプレイフルな社会を目指しましょう。
2021年2月ワークショップ参加者と(写真提供/中島さち子)

取材を終えて

数学と算数が強固に結びついている私には、少なからず計算が苦手というコンプレックスがあります。しかし、計算は数学のほんの一部分。この思い込みで「楽しい方の数学」に出会えないのは勿体ない。今日からはワクワク、プレイフル、コレクティブ・ジーニアス…といったポジティブなイメージと共に使いたいと思います。みんなで楽しく素敵なアイディアを練り上げる。生きる力を高めることを目的とした21世紀型の問題解決手法に興味が湧いてきました。

サイエンスライター 富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)