スマート農業が浸透するために必要なこととは?
〜持続可能な農業と食産業の実現を目指して~

2023/10/04
松添 直隆氏(まつぞえ なおたか)
熊本県立大学 環境共生学部 環境共生学科 環境資源学専攻 教授松添 直隆氏(まつぞえ なおたか)

1992年3月に九州大学大学院農学研究科博士後期課程を修了。1998年4月より熊本県立大学に従事し、2006年4月に同学の環境共生学部 教授となり、現在に至る。また熊本県立大学 環境共生学部 学部長、くまもとグリーン農業推進委員会委員長を歴任し、現在はくまもと農業アカデミー校長を兼任する。農業生産技術の研究では、農林水産省「スマート農業実証プロジェクト」の代表研究者を担うなど、さまざまなスマート農業の研究・開発をリードしている。

近年、日本の農業は人手不足や継承問題、収益減少などが深刻になるなか、課題解決策として持続可能性を実現するスマート農業が推進されています。
今回は、農業における現状の課題やスマート農業で解決できること、スマート農業が普及するために必要なことについて、スマート農業のロボットや技術の研究・開発に従事する松添直隆先生にお話をお伺いしました。

目次

  1. スマート農業の研究を開始した背景
  2. 農業の担い手不足・高齢化の課題
  3. スマート農業の事例からみる課題解決策
  4. スマート農業技術を普及させるために必要なこと
  5. 農業×工場における自動化の事例
  6. 持続可能な農業や食産業のための展望
  7. 編集後記

スマート農業の研究を開始した背景

私は農業生産技術の研究・開発をはじめ、人の食に関する分野から、食や農業が環境に与える影響まで幅広く研究しています。食と農業と環境は密接に関係しているので、得られた研究結果を総合的に社会実装していくことを目指し、日々研究を続けています。

スマート農業の研究を始めたきっかけは、熊本県の多くを占める中山間地域の農業において新しい展開の必要性を感じていたなか、文部科学省による熊本産業創生と雇用創出のための教育プログラム「COC+」が採択され、熊本県内の大学や高等専門学校とのつながりができたことにありました。その後2020年7月から2022年3月まで熊本県立大学および熊本高専、鹿児島大学で水田除草ロボットの開発に着手しました。

ラジコン草刈機(写真提供:山都町中山間地域スマート農業実証コンソーシアム)

また農林水産省の支援を受け、2020年から2021年の2年間、熊本県立大学と熊本高専を中心に実施した「スマート農業加速化実証プロジェクト」の実証事業を通じて、中山間地域と棚田の活性化モデル構築のために、各種ロボットや技術の開発・導入を行いました。

本事業を経験し、中山間地域の魅力と課題、そして農業へのロボットやAI技術の導入など新しい展開の必要性がより明確になったことから、スマート農業の研究・開発を継続して推進しています。

農業の担い手不足・高齢化の課題

近年の日本の農業では、特に担い手不足と高齢化の課題が深刻化しています。

日本の総土地面積の約7割を占めており、全国の耕地面積の約4割、総農家数の約4割を占める中山間地域は、日本の農業や農村の発展の面から重要な役割を果たしている一方で、急速な人口減少・高齢化が進んでいます。基幹的農業従事者のほとんどが生産年齢を超える65歳以上であるなど、農業労働力が劇的に弱体化している現状があります。

山都町の棚田(写真提供:山都町中山間地域スマート農業実証コンソーシアム)

また中山間地域には伝統・文化、美しい景観、国土保全といった多面的な機能を有する棚田が多い一方、小規模・不整形の水田では作業効率が悪く、高齢者にとっては特に重労働となります。

こうした中山間地域においては特に、農業従事者不足を補うための、もしくは代わりに農作業を担うための技術開発が早急に求められています。

農林水産省が2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」では、生産力向上と持続性の両立を図りながら、世界と協調してSDGsの推進や環境負荷の低減を図る方向性が示されました。2050年までに化学農薬の使用量を50%低減させる目標や、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大させる目標などが掲げられており、その達成には、中山間地域が大きな役割を果たす必要があります。

実証事業を行った熊本県山都町(やまとちょう)は、古くから有機農業の里として知られている中山間地域ですが、2017年度から「くまもとグリーン農業(※1)のまち宣言」を行うなど、熊本県が推奨する環境保全型農業分野を牽引しています。このことも山都町の地を選んだ大きな理由であり、農業のスマート化を急ぐ必要性を感じています。

※1「くまもとグリーン農業」…熊本の自然環境を守り育てるために行う、化学肥料や化学合成農薬を低減するなど環境にやさしい農業のこと。

スマート農業の事例からみる課題解決策

担い手不足や高齢化の課題は、国が提唱する未来社会のコンセプト「Society 5.0」の実現およびそれを支えるロボット技術やAI、情報活用によって解決できると考えられます。

スマート農業の労務削減・省力化のための技術はすでに多数開発されており、例えば衛星を活用した高精度な自動運転技術を持つロボットトラクターやドローンを活用した農薬・液肥散布、リモートセンシングによる画像情報取得、AIによる画像認識技術を活用した自動収穫ロボットなどがあります。

水田内で活躍する小型球体除草ロボット(試作機)(写真提供:山都町中山間地域スマート農業実証コンソーシアム)

山都町の竹ノ原農園などで行った「スマート農業を導入した国際水準の有機農業の実践による中山間地域と棚田の活性化モデルの構築」実証事業(*1)では、有機農業の見える化システムや追肥・センシングを担うドローン、スマートトラップによる鳥獣害対策、ラジコン草刈機、棚田の水管理システム、直進アシストトラクターなどを導入しました。

*1 配分機関:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構/事業名:スマート農業実証プロジェクト

また農業における除草作業は、非常に労力がかかることから優先課題となっています。「みどりの食料システム戦略」に沿った有機栽培・特別栽培水稲において、夏の炎天下に行う除草作業は労働時間の23%を占める(※2)うえに、健康面からも大きな課題となっており、省力化、あるいは代替技術の開発が求められています。

そこで私は水田内の除草を行うロボットを開発し、除草作業の負荷軽減を図る実証を行っています。

除草剤を使わない除草方法としては乗用型の除草機などがありますが、中山間地域は急勾配道路や大きな畦畔段差が多く、除草機の水田への移動・搬入にも多くの労働時間が必要で、使い勝手がよくありません。

戦略的スマート農業技術等の開発・改良(*2)の支援を受けて開発中の除草ロボットは、重さ約5kg以下、直径25cm程度と軽量・小型のため、運搬・搬入が容易であることに加え自律型でもあることから、手取り除草作業時間はほぼゼロになります。水田の周囲に位置特定技術のビーコンを設置することで水田内を均一に走行し、バッテリーの電圧低下を検知すると自動帰還するなど、除草作業を自動化する仕組みを構築しています。

*2 配分機関名:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構/課題名:棚田・小水田の除草労働を省力化する球体ロボットの開発

また現在は、人手・後継者不足が問題になっている栗園における労働軽減のための収穫・運搬ロボットの開発を戦略的スマート農業技術等の開発・改良(*3)の支援を受けて行っています。栗は中山間地の地域経済を支える重要作物でありながら、機械化が進んでいません。そこでロボットが自律走行して栗を回収するシステムを制作し、開発を進めています。

*3 配分機関名:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構/課題名:栗園における労働軽減のための収穫・運搬ロボットの開発

スマート農業技術を普及させるために必要なこと

出典:農林水産省「スマート農業 次世代型農業支援サービス 農業支援サービスの例」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/nougyousien.html

スマート農業の技術を現場に実装していくためには、技術をマネジメントできる人材や組織が必要です。そこで農林水産省が推進する「次世代型農業支援サービス」の定着に期待がかかっています。

次世代型農業支援サービスとは、ドローンや自動走行農機などの先端技術を活用した作業代行やシェアリングといった次世代型の農業支援を行うサービスです。例えば農作業を受託する「専門作業受注型」や、機械や機具のレンタル・リース・シェアリングを提供する「機械施設供給型」、人材を派遣する「人材供給型」、農業関連データを分析してソリューションを提供する「データ分析型」があります。

これらの導入と定着には本サービスを請け負う事業者が年間を通して安定した委託業務を獲得し運営できる仕組みが必要であり、それには人材の確保と育成が鍵を握ります。技術的な知識のみならず、農作業や実態を熟知しながら農業従事者の収益を上げる総合的なマネジメントができる人材が求められています。

またスマート農業技術普及のための勉強会を各地域で開催し、各生産者の圃場で実証して見せていくことで、生産者に自分ごととして認識してもらうことが求められます。また現場に必要な技術などの生産者からの声に耳を傾け、早急に実現できる仕組みや組織作りも必要となります。

生産者側も、導入されるロボットや技術に合わせて変化していく必要があります。例えば、水田の草刈りロボットの導入には水田の区画や防堤の役割を担う畦幅を広げる必要がありますし、棚田のドローンを使った農薬・液肥散布の際には、複数の棚田を横断して散布することになるため、集落での合意が必要です。

このようにスマート農業技術を普及させるためには、人が積極的に関わり、技術と共に成長していくことがポイントになってきます。

農業×工場における自動化の事例

食産業の分野でも、ロボット化・自動化による省人化が進んでいます。例えば食品工場における作業のロボット化は典型的な例といえます。

農業に関連して言えば、植物工場が挙げられます。温度や湿度、光量、液体肥料などを植物の生長に最適化して制御し、農作物を育てる仕組みを構築します。従来の農業は主に天候的な問題から、収穫量の約束ができず需要と供給のバランスが取りづらい課題がありますが、植物工場では種をまいたタイミングにより、いつ、どのくらいの収穫量が供給可能かを予測できます。これは農業と工業をうまく組み合わせた先進的な取り組みといえます。

(画像はイメージです)

熊本県内で大規模ベビーリーフの生産・販売や農業技術コンサルティングを行う企業では、ビニールハウスによる有機栽培を自動化しています。生産や流通の情報を制御し、農業ではむずかしい需要と供給のバランスをうまく取っている点で注目度の高い事例です。

持続可能な農業や食産業のための展望

スマート農業や植物・食品工場によるロボット化・自動化は、課題を克服していくことで発展していくでしょう。そして同時に生産者側も変化していくことが肝要です。

またロボットや機器を動作させるためには安定的な電気供給の仕組みが必要であり、再生可能なエネルギー資源の獲得が求められています。中山間地域には、太陽光・風力・水力・森林などを利用した多くのエネルギー資源があるため、電気の地産地消の実現は不可能ではないでしょう。

(画像はイメージです)

近い将来、データに基づいた農業のロボット化や自動化、情報による連携といったスマート農業技術を中心とし、自然と人の共生の視点に立った「スマートアグリシティ」の構想が、現実に創成されることを期待しています。

編集後記

今回のお話を伺い、農業の担い手不足や高齢化が深刻になる中で、スマート農業の開発・普及は解決のための大きな鍵をにぎることを再確認しました。また生産者やスマート農業の技術開発者、次世代型農業支援サービス事業者などのコミュニケーションは特に重要になってくるように思いました。今後、新たな人材や組織がスマート農業普及のために積極的に参入していくことを期待したいと思います。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。


※2 出典:農研機構 島義史,三浦重典,上西良廣「水稲有機栽培における高能率除草機導入の経済効果」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arfe/56/2/56_54/_html/-char/ja