生活を支えるモーターの現在と未来
- Mori MotoR Lab.代表森本 雅之氏(もりもと まさゆき)
Mori MotoR Lab.代表。工学博士。電気学会フェロー。慶応義塾大学大学院修士課程修了後、1977年に三菱重工業(株)に入社。28年にわたり産業機械や鉄道システム、電気自動車などさまざまな機械のモーターとパワーエレクトロニクスの研究開発に従事。2005年より2018年まで東海大学教授を務め、現在は社会人教育を中心に活動している。
今回は、モーターやパワーエレクトロニクスの専門家である森本雅之先生に、モーターの歴史や進化、生活を支えるモーター、電気自動車の現在、そしてモーターの未来などについてお話を伺いました。
目次
機械メーカーでのモーターとの出会いが転機に
私は、当時勤務していた機械メーカーで、業務上必要に迫られてモーターの研究開発を始めました。正直なところ、最初はあまり気が進みませんでした。
扱っていた多くの機械でモーターが使われており、単に回すだけの役割を担うモーターもありますが、その製品の性能を決めるような役割を担うモーターもたくさんあります。機械メーカーにとってモーターは、本当に重要なものなのです。
モーターをどう使いこなすかといった研究からスタートし、次第に既存のモーターを改良して自社製品に適したモーターをつくるといった部分まで踏み込むようになりました。
機械メーカーで働いた28年間で、さまざまな機械のモーターと、その制御の研究開発に携わりましたが、50歳を過ぎ今後のキャリアを考えた結果、大学での研究・教育の道を選びました。現在は大学を退官し、社会人教育をメインに学会活動、調査研究などにも取り組んでいます。
モーターの歴史と進化
様々な年代のモーター(写真提供:Mori MotoR Lab. 森本代表)
モーターの原理は、実は19世紀のはじめから知られていました。しかし当時の技術では、サイズが大きすぎる・寿命が短すぎるといった理由で、すぐには実用化できませんでした。現在、モーターが広く実用化できているのは、主に材料の進歩による小型化・高効率化のおかげです。
特に20世紀の終わりから21世紀はじめにかけて、モーターは大きく進化しました。主な要因は、ネオジム磁石の実用化、パワーエレクトロニクスの進歩、およびコンピューターの性能向上の3つです。
一つ目であるネオジム磁石は、従来モーターに広く使われていた磁石と比べ、約10倍の磁力を持ちます。ネオジム磁石を使用することで、性能が向上し、モーターが小型化できました。
次のパワーエレクトロニクスは、モーターを制御する技術です。モーターをコントロールするパワー半導体であるIGBT(アイジービーティー)というトランジスタが実用化し、電流を高精度で制御できるようになりました。
三つ目は、コンピューターの性能が大幅に向上することで、複雑な演算ができるようになり、モーターをより高速に、そして精密に制御できるようになったことを指します。
また、モーターの進歩の流れがよくわかる例が、新幹線に使われているモーターです。60年前は1kWhを出力するために4.7㎏のモーターが必要でした。しかし、今は性能が向上し、約1㎏のモーターで同等の出力を得られるようになりました。
私たちの暮らしを支えるモーター
私たちの暮らしは、非常に多くのモーターに支えられています。例えば温水洗浄便座には、高級品では6-7台ものモーターが入っています。水のポンプ・ノズルを出すための機構・臭いを取るための換気用など、さまざまな機能にモーターが使われています。
DVDプレーヤーも面白い例です。DVDを回すモーターがあるのはイメージできると思いますが、実はトレイの出し入れや蓋の開閉にも別のモーターが使われています。以前はバネで蓋を開閉していましたが、今ではモーターに変わっています。
意外なところでは、ワゴン車のスライドドアにもモーターが使われています。スライドドアが軽い力で開くのは、モーターによって動いているからです。
モーターの進歩によって製品の形状が変化する場合があります。代表的な例が洗濯機です。かつて日本の家庭用洗濯機は縦型のみで、横型の製品はつくられていませんでした。横型の家庭用洗濯機が登場したのは、2000年代に入ってからです。
横型の洗濯機は、モーターのサイズの分の奥行きが必要です。住宅の洗濯機置き場の奥行きに合わせることができなかったのです。モーターが薄型化し、ダイレクトドライブできるようになって初めて、横型の家庭用洗濯機をつくることができるようになりました。
身の回りに使われているモーターは、全て同じものというわけではありません。機械メーカーは、サイズ・性能・価格などさまざまな要素を踏まえ、適材適所を考えて、どんなモーターを使うのかを決めています。
例えばDVDプレーヤーの場合、DVDを回すモーターは高価で高性能なものを使っていますが、トレイを動かすモーターは比較的安価なものです。
電気自動車の現在
モーターを使用した製品のなかでも、特に注目を集めているのが、電気自動車(BEV*)です。*BEV:バッテリー式電気自動車
実は、電気自動車ブームは過去に何度も起こっています。今回のブームは、2015年に採択されたパリ協定を踏まえ、世界的にCO2排出量削減の声があがっていることによるものです。
電気自動車は、電気でモーターを動かすことで走るため、走行中には二酸化炭素を排出しません。そのため、エンジン車から電気自動車にシフトする動きが、欧米・米国を中心に強まっています。
また、エンジン車と比べて排熱が少ない点もメリットです。エンジンは、燃料を燃焼させた熱の約20%しか、駆動力に変換できません。残りは排熱となり、周囲の温度を上昇させます。その点、電気自動車に搭載されているモーターは、エネルギー効率に優れています。
環境面以外でのメリットとして、自宅に設置したコンセントで充電できる、化石燃料よりもコストが安い、自動運転に適しているといった点があげられます。自動運転における操作は、電動パワーステアリングやモーターの制御などで行います。そのため、電気自動車とは非常に相性が良いのです。
その一方、デメリットもあります。特に大きなデメリットは、走行できる距離が短い点です。バッテリーの容量に限りがあり、充電にも時間がかかるため、長距離運転には向いていません。
さらに資源の問題もあります。モーターやバッテリーには、コバルト・銅などの貴重な材料が使われています。資源には限りがあるため、全ての車を電気自動車に切り替えるとすると、十分な量を確保できるかどうか懸念されます。
あまり知られていませんが、実は製造段階だけで比較すると、電気自動車はエンジン車より多くのCO2を排出しています。特にバッテリーの製造時は、大量のCO2が排出されます。ただし製造工程におけるCO2排出をおさえるバッテリー開発が進んでいるので、今後に期待しています。
モーターを有効活用する方法とは
モーターを有効活用するには、適材適所でモーターを使い分ける視点をもつことが重要です。
例えば、電気自動車はエンジン車と比べて、走行できる距離が短いという欠点があげられます。
しかし路線バスであれば、運行距離が決まっていて終点で充電できるため、走行距離の短さは問題になりません。ゆっくり運行するので、小出力のモーターを使って加速性能が低くても支障はないでしょう。街中でCO2を排出しない点も考慮すると、非常にメリットが大きいと考えています。
逆に長距離トラックには、電気自動車は適していません。長距離走行に十分な量のバッテリーを搭載すると、その分だけ荷物が搭載できないからです。
ですが、モーターを使った製品のなかには、過剰品質で適材適所とはいえないものも多く見られます。そうした製品が開発・販売される主な理由のひとつは、ユーザーのニーズです。メーカーはユーザーのニーズに合わせて、製品をつくります。ユーザー一人ひとりが用途や環境に応じて適したスペックの製品を選ぶ意識を持つことが、モーターの最適な活用にとっては重要であると考えています。
モーターの未来について
モーターには面白い特徴があります。通常、工業製品はまず理論があって、それをもとに技術開発が進みますが、モーターは逆です。モーターは理論ができる前に発明されました.後から理論で説明を試みている状態なので、いわゆる「理論限界」がまだ見えていないのです。
エネルギー効率が100%とまではいかなくても99.99%まで向上する可能性はないとは言えません。いずれ画期的なモーターが誕生するかもしれません。
(写真提供:日本パワーエレクトロニクス協会)
その一方で課題としてあげられるのが、人材不足です。日本ではモーター研究を志望する若い方が少なく、情報系やAIに興味が集中しているのが現状です。モーターがさらに発展するには、多くのエンジニアの力が必要です。
モーターは私たちの身の回りに欠かせないものであり、日々進歩を続けている、面白い分野です。私自身、最初は興味がなかったのですが、知れば知るほど奥深いと感じています。モーターに興味を持つ若い方々が増えると、非常に嬉しいです。
また、多くの子どもたちに、科学館などで開催されている実験教室に参加してもらいたいと思っています。自分で組み立てたモーターが動いた時の喜びを、ぜひ体感してほしいですね。
日本では残念ながら、理科教育が十分ではなく、またエンジニアの地位も低いと感じています。実験などを通して、子どもたちや若い方たちが自然科学に興味を持ち、エンジニアの活躍の場がさらに広がってほしいですね。
編集後記
想像以上にモーターが私たちの身の回りに使われていると知り、非常に興味深かったです。また、電気自動車のメリット・デメリットをうかがい、私たち消費者もベストな使い方を考えることが大切だと感じました。モーターに理論的な限界はないそう。これからさらにモーターが進歩した時、どのような製品が登場するのか楽しみです。
- 川瀬ゆう
元・大手転職サイトの求人広告ライター。コーポレートサイトや導入事例記事、社員インタビュー記事の取材・ライティングを中心に活動中。「ゴールから逆算して効果につながる構成・表現を工夫する」「さらっと読めるわかりやすい文章を書く」の2点を大切にしています。