映像へのこだわりと映像記録がつなぐSDGs

2022/09/02
浅川 順氏(あさかわ じゅん)
東京情報大学 総合情報学部 総合情報学科 教授浅川 順氏(あさかわ じゅん)

青森県出身。1968年青森県立青森東高等学校卒業。1975年日本大学藝術学部映画学科卒業。1977年日本大学藝術研究所修了。株式会社日本天然色映画、株式会社キャラバンを経て1998年よりフリーの映像ディレクターとして活動。
2012年 尚美学園大学院芸術情報科 芸術情報学部 教授。2018年 株式会社PICS顧問・クリエイティブディレクター。2019年 東京情報大学 総合情報学部 総合情報学科 教授。大学・専門学校では映像の企画・撮影・編集・演出等の指導を行なっている。
これまでに企画・監督した作品は数百本に上り、受賞歴多数。2021年ブラックマジック社認定ダビンチ・リゾルブトレーナーの資格取得。

映像業界でCMディレクターや映像監督などの肩書きを持ちながら、講師および教授としてのご活動もされているなかで、映像制作全般への思いや、若者たちへ伝えたいこと、学術貢献活動を続ける理由を中心にお話を伺いました。また、映像制作業界におけるSDGsへの取り組みについても伺いました。

目次

  1. 幼少期に抱いた映像への興味からCMディレクターの道へ
  2. 講師としての活動は若者と語り合える貴重な機会
  3. 映像制作のポリシーは「新しい技術」「わかりやすく伝える工夫」
  4. 学生たちには「作ることの楽しさ」を伝えたい
  5. 学術貢献活動
    ~宮城・東日本大震災後の防災植樹活動のドキュメンタリー制作
  6. 映像制作業界のSDGsへの取り組み
  7. 編集後記

幼少期に抱いた映像への興味からCMディレクターの道へ

現在は、CMからPV、MV、ドラマ、CGアニメ、ゲームなどの多彩な映像制作を行なう傍ら、東京情報大学 総合情報学部 教授として日々教鞭を取っています。

映像に初めて興味を持ったのは幼稚園時代にさかのぼります。祖父や祖母に、よく映画を観に連れて行ってもらいました。当時は日本で初めて長編カラーアニメーションが公開された時代で、絵が動く驚きや映像の美しさに興味を持つようになりました。まだ子どもだったので、現実世界にアニメのキャラクターと人間が存在し、自分もアニメのキャラクターと一緒に共演できると思い込んでいました。成長するにつれ、まずはキャラクターを描けるようになりたいと思い、中学生になると漫画家を目指して雑誌に投稿などしていました。やがて映画やCM、万博の大型展示映像などにも興味を持つようになり、日本大学藝術学部映画学科に進みました。

そして卒業後に大学で映像制作の助手を2年間勤めた後、当時日本でトップクラスのCMディレクターが数多く在籍していたCMプロダクションで、CMディレクターとして必要な企画力や演出力を学びました。

その後はフリーのCMディレクターとして、コマーシャルのほか、ミュージックビデオ、ゲームムービー、テレビドラマ、プロモーションビデオ、博覧会やイベントの大型展示映像などの監督をしています。得意な分野は短編CGアニメーションで、過去に監督した作品は、海外でも高い評価を受けました。
CGゲームのオープニングやムービーの監督作では、「スマブラX-亜空の使者」「バイオハザード・アウトブレイク」などがあり、学生たちから「夢中で遊んだ」という感想をもらい、嬉しく感じました。

講師としての活動は若者と語り合える貴重な機会

40代のときに、専門学校の講師をしている大学時代の同窓生から声が掛かり、非常勤講師を引き受けたことがきっかけとなって専門学校や大学で教鞭をとるようになりました。その後は徐々にCMディレクターよりも講師としての仕事の割合が多くなり、ここ10年近くは教授として大学に勤務しながら、映像制作の仕事も続けています。

研究室のiMacを使った編集システム

講師としての仕事のメリットは、この年齢になっても毎日10~20代の若者と語り合えるということです。私の制作する映像のターゲットは、多くの場合、彼らと同世代ですので、いまの若者の考え方を知ることができる貴重な学びの機会にもなっています。

映像制作のポリシーは「新しい技術」「わかりやすく伝える工夫」

映像制作において心掛けていることは、大きく二つあります。一つは「何か一つでも新しい技術を取り入れる」こと。もう一つは、「わかりやすく伝える工夫をする」ことです。

常に、誰も見たことがない映像を作ることを心掛けています。特にCM制作は、多くの費用を使わせていただきながら作品を作ることができる、またとない実験のチャンスでもあります。そのため、常にワンポイントでも、新しい技術を取り入れるよう心掛けています。
CGも、新しい技術の一つです。昔からCG制作会社の友人が多く、早期から積極的にCGをCMに取り入れていました。例えば「少年がカレーを食べると、サッカー選手のラモス氏に変身する」というCMを企画したことがありますが、それには無数の表現方法があります。当時人気のJリーガー、ラモス氏が出演するのですから、どのような手法でも商品が売れることは確実です。その中でも視聴者に驚いてほしいという思いで、最先端の表現手法にこだわり、CGを用いることにしました。

また、「わかりやすく伝えること」を心掛けています。実はこれが一番むずかしいのですが、ゼロから何かを生み出すことより、「どう表現したらいいか」ということを徹底的に考えて工夫することがオリジナリティだと考えています。わかりやすい説明ではなく、わかりやすい表現の工夫にこだわり続けてきました。

学生たちには「作ることの楽しさ」を伝えたい

大学では、短編映画やアニメーションの企画、撮影、編集といった映像制作全般の基礎を指導しています。例えば、バーチャルリアリティのコンテンツ開発や360度カメラ、ドローンを使用したドキュメンタリー、ドラマの撮影など、さまざまな分野において新しい技術を積極的に取り入れるようにしています。

しかし、映画やアートなどは誰かに習うものではありませんし、各技術はその道の専門家のほうが優れています。そのため大学では「作る楽しさ」や「企画力・表現力」を身につけることのほうが大事だと教えており、学生たちには人が笑顔になるような優れたアート作品を多く見せて、企画力や表現力を鍛えるようにと伝えています。また、私自身が経験した仕事の失敗談をできるだけ多く伝えるようにしています。その失敗を避けられれば、より良いディレクターになれるからです。

今は、作品を作るだけではなく、「作ったものをどのように多くの人に見てもらうか」ということまで考えなければならない時代です。昔は、映像を見てもらう場所といえば、テレビ、コンテストや劇場でしかありませんでしたが、今はインターネットを通じて、世界中に発信することが可能です。無数のコンテンツがあるなかで、どうすればアクセスして閲覧してもらえるのかというところまで、今の映像クリエイターや監督は考えなければなりません。そのためには例えば、SNSで映像作品を公開するときのサムネイルの作り方や、目立たせる方法、ライセンス化の方法なども教えています。

学術貢献活動
~宮城・東日本大震災後の防災植樹活動のドキュメンタリー制作

宮城県岩沼市における「千年希望の丘」の命を守る森の防潮堤植樹活動の映像記録を、2013年からボランティアで行っています。現在、東日本大震災の津波により人が住めなくなった土地を活用し、市の沿岸約10kmにわたって6つの公園と園路が整備されています。その沿岸に沿って、コンクリートではなく、森林による「防潮堤」を作るために植樹活動が行われています。

その植樹活動に携わられていた、「植樹の神様」と呼ばれ、横浜国立大学名誉教授であった故・宮脇昭先生のドキュメンタリーを制作し続けています。当初、宮脇先生の植樹活動を間近に見て、活動の大切さやスケールの大きさを実感しました。

植樹祭でポット苗を配る宮脇昭先生 撮影:浅川氏

それを映像記録として残しておくことで、宮脇方式の植樹法が優れていることを後世に伝えられると思っています。一緒に植樹をした子どもたちが、30年後には、海岸沿いに立派な森になった防潮堤を見ることになります。その森ができる頃には、きっとその森は当たり前としてそこにあるように見えるでしょう。森ができるまでの映像記録を私たちが残しておくことで、宮脇先生をはじめ、関係者やボランティアの市民の方の手によって森が生まれたことを忘れないでほしいという想いで今後も制作を続けていきます。

映像作品は、課外活動として参加した学生たちと一緒に作っています。撮影・編集は勉強のために学生たちに行ってもらい、最終的には私が監修するという形をとっています。

映像はオーソドックスな作り方だと思います。先にお伝えしたように、わかりやすく伝えるための工夫を毎回考えること、そして新しい技術をプラスすることを心掛け、観る人の笑顔を思い浮かべながら作っています。三十年後の千年希望の丘をCGでシミュレーションした映像などもその一つです。

千年希望の丘、30年後のCGシミュレーション

映像制作業界のSDGsへの取り組み

●撮影現場のゴミ削減
映像制作業界におけるSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みとして、特に進んでいるのが、撮影現場のゴミの削減です。

撮影現場では、大量のゴミが出ます。撮影が終わると、セットを撤去する際のゴミ、照明の光を反射させる紙、木材、プラスチック、スタッフのお弁当やドリンクのパッケージ、生ゴミなど種類が多いですが、最近は非常に細かく分別するよう現場でも徹底されています。

特にテレビCMの場合、広告出稿している企業がSDGsへ積極的に取り組んでいることが多いため、撮影現場での意識も高いように感じます。例えば、従来使用されていた飲用の紙コップの配布をやめ、マイカップやマイボトルを各個人に配布する方式にするなど、細かな配慮がなされています。

また、廃材が出なくなるようにCGで背景を作るといったことも行われています。役者さんがグリーンバックで演技しなければならないという課題もありますが、美術さんが作るセットから、CG表現へと徐々にシフトしてきています。

●映像記録保存のSDGs

ドーム実習スタジオにて。学生時代に使っていた8ミリカメラからCMで使った35ミリカメラまで。

映像の持続可能性という意味では、デジタル映像作品の保存についての課題があります。
アナログのフィルムは、適切に保存しておけば100年以上は持つことがわかっていますが、デジタルデータは一度破損してしまったら終わりです。ハードディスクに保存したとしても、100年間保存できるものは現状ありません。定期的にコピーをし直し続けなければならないのです。コストを掛けずに、長期間保存する方法を我々は考えなければなりません。
また先の宮脇方式の植樹活動の記録と同様に、様々なSDGsへの取り組みが行われるなかで、その活動自体を映像記録として残していくことが大切だと思っています。今始めた活動が実を結ぶのは、早くても数十年先です。だからこそ、いま、SDGsの活動を始めている人々を記録することで、それを見た数十年先の若い人たちに、SDGsの活動を継続する大切さをより意識してもらえると思います。

編集後記

幼少期からの映像への興味関心と好奇心、そして生まれ持った才能をもとに新しい表現へのあくなき挑戦と、わかりやすい表現の工夫を追求されていること。そして観客に楽しんでもらうことを最も大切にされていることなど、映像のプロとしての素晴らしいお話を伺うことができました。植樹活動や映像記録保存、ゴミ問題などSDGsについても改めて考え直す良い機会となりました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。