3DプリンターでSDGsに貢献!
高強度ゲルからフードロス削減まで
- 山形大学 工学部 機械システム工学科 教授古川 ヒデミツ氏(ふるかわ ひでみつ)
1968年東京都生まれ。
1996年東京工業大学物理学専攻博士課程修了。
東京工業大学助手、東京農工大学助手、北海道大学准教授を経て2009年に山形大学准教授に着任。2012年より教授に昇任。2018年には「やわらか3D共創コンソーシアム」を設立し、会長に就任。
目次
高強度ゲルの研究開始から3Dプリンターの開発まで
東京工業大学の助手として研究中、北海道大学理学部の先生よりお誘いがあり、「高強度ゲル」の研究室に移りました。高強度ゲルは2002年当時、世界で一番強いゲルとして、「材料革命」と言われるほどの衝撃的な発明でした。医療分野において人工軟骨としての研究に取り組んでいましたが、次第に私は社会普及の面から工学部でのものづくりへの関心が強くなり、当時、高強度ゲルの研究開発を行っていた山形大学の工学部へ移りました。高強度ゲルの活用用途としては、ソフトコンタクトレンズや紙おむつの吸収体などがありました。
3Dプリンターを手がけることになったきっかけは、山形大学に移ってきた2009年当時のことでした。3Dプリンターは3次元のコンピューター装置を用いてゲルに光を当てると、精密な形に加工できます。ある日の学生とのランチ中、光ファイバーの紫外線が当たるところだけゲルが固まるようにすれば、好きな形をつくることができるというアイデアを思い付きました。すぐに研究室で学生に手伝ってもらいながらシステムを組み合わせ、その日の夕方には完成させることができました。
その装置によって人工血管のようなものを作ることができたのです。立体的なものをつくることができるので「3Dプリンター」と呼ぶことにしました。3Dプリンターのブームがくる前に偶然、開発していたのです。その後、すでに世の中には3Dプリンターというものが存在していて、さまざまな方式のものがあることを知りました。
「ゲルクラゲ」
高強度ゲルの研究開発を複数進めるなかで、初めて商品化されたのが「ゲルクラゲ」です。当時開発を進めていたロボットクラゲを、山形県内にあるクラゲで有名な加茂水族館へ紹介しに行こうとしたところ、学生が間違って自身が開発している3Dゲルプリンターで印刷したクラゲを持参してしまいました。しかしそのゲルクラゲを見た館長は「クラゲの飼育はむずかしいから、苦手な人はこれを代わりに飼えばいいし、飼育の練習にもなる」と感動し、「絶対に売れる」と言ってくれました。後日、介護ソフトで知られる山形にある企業の会長に興味を持っていただき、商品化したいとのことで、製作依頼を受けました。製品PRがとても上手な方で、あっという間にその名が広まっていきました。
「やわらか3D共創コンソーシアム」
「やわらか3D共創コンソーシアム」での会合風景
2018年4月より「やわらか3D共創コンソーシアム」という企業共創によるオープンイノベーションの場を作って活動しています。当時は、3Dプリンターブームの到来により研究数が増加し、最新情報を収集したい企業が多くあったことで、一社ずつではなく合同でやるのがいいのではと考えたことが設立のきっかけでした。月1回くらいのペースで最新情報などを話す会合を開くことにし、さらに深い研究をしたい企業とは、別途、個別に会合を行うことにしました。現在、在籍企業数は22社ですが、さらに増やしていきたいと思っています。
今後、社会的に分野を超えた人たちが集まって物事を作り出していく活動が増えていくと思っています。既存の技術でも、個別に最適化して磨いていくのはもちろん、その技術を持っている方々が横でつながることで、予想もしない画期的で素晴らしいものができあがります。
コンソーシアムでは異なる分野の方々の意見を聞くことにより、多様な可能性が生まれるので、とても楽しいです。国や自治体から依頼されて、高校生の参加者を含むワークショップやミーティングなどを開催していますが、参加した高校生が一番輝いた意見を出してくれたりします。先日は高校生が「ゲルでやわらかい家を造ったらいいのではないか」といった、大人では考えもよらないようなアイデアを出してくれました。この「やわらかい家」は実際に企画化しました。高校生自身も、自分のアイデアが形になっていくと嬉しいと思いますし、そういった経験をなるべく学生時代に数多くしてもらうことで、自信につながっていくのではないかと思っています。
「やわらか3D共創コンソーシアム」では、3Dプリンターを食品、医療、ゲル、モビリティ、ロボットなど多様な分野で活用しています。医療分野では、再生医療の人工臓器等の基盤技術の研究開発に取り組んでおり、例えば、ゲルにより焦点調節の可能な眼内レンズを3Dプリンターでつくるという目標があります。ロボットの分野では、触るとやわらかくて生きている感じがする今までにないロボット開発を行っています。
3Dフードプリンターの仕組みと食品例
3Dプリンターは、食分野での取り組みも積極的に進めています。現在、最も力を入れて取り組んでいる3Dフードプリンターは、レーザー調理方式で、光によって食品を3D化するものです。お好み焼きの小麦粉を水に溶いて、温めると固まるという原理を使っています。粉が溶けている液体にレーザーを当てると、温めたところだけ固まり、食品の造形物ができあがります。
現在は米粉を使ったレシピ開発を行っています。これらの食品をやわらかく作ることで、介護食用途も想定しています。
ムーンショット
「地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業」への取り組み
いま内閣府主導で、省庁の枠を超えた「ムーンショット型研究開発制度」という大型研究プログラムが実施されています。これは日本発の、破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にはない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進するものです。
ムーンショットの目標は9つあり、そのうちのひとつに、「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」という目標があります。3Dフードプリンターの研究もこの目標達成の一つとして、取り組んでいます。
人口の増加による世界的な食料危機が深刻化しており、食料の調達・供給が間に合わなくなってくると予想されるなか、それをまかなうためには、農地を増やすなどして食糧生産量を増やすなどの対策があげられます。しかし地球温暖化のせいで、耕作可能な農地が減り、砂漠化が進んでいるのが現状です。リスクを分散させるために、「地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業」を創出し、食品ロスをなくして効率を上げることで、食料危機の解決の一助にしようとしています。
廃棄される食品を粉末にして、それを3Dフードプリンターで食品として再生させることでフードロスを削減することができます。かぼちゃやトマトなどは、すでに粉末の状態で市場に流通しています。多様な人々が食べやすくて栄養バランスがきちんととれるようなものを造りたいと考えています。
3DフードプリンターのSDGsへの貢献
3Dフードプリンターは、SDGsのさまざまな目標への貢献につながります。
まずSDGsの理念である「誰一人取り残さない」という考え方に対しては、人間の多様性に対応できる、さまざまな形状や味の食品を作ることができるという点で、貢献できると考えています。例えば高齢者でも食べられるやわらかいものや、海老アレルギーのある方でも食べられる海老の形をした海老を使わない食品などを3Dフードプリンターで作れば、みなさんが楽しく好きなものを一緒に食べることができます。
また、「目標3 すべての人に健康と福祉を」に対する貢献としては、肥満傾向や糖尿病の方へ低カロリーの食品を供給できますし、エネルギーを多く摂らなければならない方には、高カロリーの食品を提供することもできます。
SDGsの中でも重要な、CO₂削減にもつながります。3Dフードプリンターのレーザーは、局所的に加熱するため、ほとんどエネルギーを使用しないことから、CO₂排出を減らすことができます。レーザー出力が10~40ワットなのに対し、一般的な電子レンジは700~800ワットで、意外とエネルギーを多く使用しています。このように、レーザープリンターによる調理はエネルギー使用量を大幅に削減すると言えます。
「目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう」と「目標12 つくる責任 つかう責任」は、リサイクルが重要なテーマの一つですが、3Dフードプリンターでフードロスをゼロにすることはリサイクルの最先端をいくものです。廃棄食品を活用することはアップサイクルに相当しますし、我々はリサイクルや品質保証における根幹の技術開発を行っていますので、この分野においてもSDGsへの貢献につながると考えています。
3Dフードプリンターの未来
3Dフードプリンターの市場への参入を目指しているのは2025年であり、会社を設立する計画もあります。レーザーを使用していると聞くと不安に感じるかもしれませんが、すでにブルーレイディスクプレイヤーが安心して家庭で使えているように、ユーザーが安心安全に活用できるように製作することはできます。しかし人々は何事にも新しいものに対しては、不安や心配を持つものです。自然に受け入れられるようにするためにはどうすれば良いかを、人文社会系の方々とも話し合いながら、事例などを参考にして、進めていく必要があると考えています。
ノードソン社の、ノズルから材料を吐出するという技術と、3Dフードプリンティングは非常に親和性があります。私はレーザーで食品を作る方法を開発していますが、そのようにノズルから出たものを造形したり、加熱調理したりする技術も今後増えてくると思っています。
2Dプリンターでも、インクジェットプリンター、レーザープリンター、感熱紙プリンターがそれぞれ適材適所で使われているように、3Dフードプリンターも、例えば食べ物ごとに様々なものが共存するようになるでしょう。
ノードソン社の技術は、プロユースの厨房の中で使われる装置や食品工場向けの3Dフードプリンターに、なくてはならない技術の一つになると思っています。
編集後記
高強度ゲルや3Dフードプリンターによる食品など、画期的なものを作り出しているお話はとても興味深いものでした。アイデアの共創によって生み出されていくものが、同時に地球環境やSDGsへの貢献にもつながるというのは、とても素晴らしいことです。今後、3Dフードプリンターが家庭に登場する未来も楽しみではありますが、それ以上に、高校生も含めた官民連携による共創が、今後も増えていくことが喜ばしいことだと感じました。
- ライター石原亜香利
多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。