医療機器のイノベーションが進まない課題とは?
~SDGsの目標達成に向けて~

2023/07/06
大沼 雅也氏(おおぬま まさや)
横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 国際社会科学部門 准教授大沼 雅也氏(おおぬま まさや)

2011年4月から2014年3月まで成蹊大学 経済学部 助教を務め、2019年9月~2020年3月にはコペンハーゲン大学 客員研究員を務める。2014年4月から横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 国際社会科学部門 准教授として、経営学における医療機器のイノベーションに関する研究に従事する。

世界的に様々な分野においてイノベーションが求められており、医療機器開発の分野も例外ではありません。医療機器のイノベーションを推進する際に生じている主な課題とその解決策について、また、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」の達成に向けた取り組みについて、横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授の大沼 雅也 先生にお伺いしました。

目次

  1. 主な研究対象は医療機器のユーザーイノベーション
  2. 「医療機器のイノベーション」の必要性
  3. 医療機器のイノベーションが進まない課題1~取り組む医療従事者が少ない~
  4. 医療機器のイノベーションが進まない課題2~職種間の壁~
  5. 医療機器メーカーは医療従事者の状況理解が求められる
  6. SDGs目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」を踏まえて
  7. 編集後記

主な研究対象は医療機器のユーザーイノベーション

私は経営学のなかでも「イノベーションマネジメント」を専門としており、特に医療機器のイノベーションを題材として研究を行っています。

医療機器に興味を持ったきっかけは修士論文のテーマを決める際でした。調査の過程でX線CTとMRIという画像診断装置の事例に出会い、興味を持つようになりました。当時、日本では医療機器を題材にして研究する経営学者は、ほとんどいなかったこともあり、研究すれば新たな知見を得られるのではないかと感じました。

イノベーションといえば「技術革新」と言われますが、私は一つの「プロセス」であるという考え方に基づいて研究しています。製品やサービス、仕組みといった人工物が開発され、普及すれば、社会的、経済的な価値が生まれます。私はその変化のプロセス自体をイノベーションと捉えており、単純に新商品が出る、新しい機能が追加されるという意味ではないと考えています。

そのため、医療機器におけるイノベーションとは、新たな医療機器を開発すること自体ではなく、医療現場でその機器が広く使われ、現場の課題を解決して初めてそのように呼べると思います。
私が最も関心を持っているのが「ユーザーイノベーション」です。これは製品を使うユーザーが自らイノベーションを推進していくこと、もしくは、その源泉となるようなアイデアを生み出すことを指します。

特に医療機器の世界にはユーザーイノベーションの事例が数多く存在します。現場の課題やニーズをよく知っているのは、機器のユーザーである医師や看護師、さらには放射線技師といったコメディカルを含む医療従事者です。企業は、この医療従事者の方々の協力がないと、良いものを作ることができません。ですから、どのように現場の人々を機器開発に巻き込んでいくのかということが課題となります。

現在は、医療従事者がイノベーションに関わる背景を明らかにする研究や、心臓の治療に用いるカテーテルの手技やAED(自動体外式除細動器)の普及過程などを対象とした研究をしています。

「医療機器のイノベーション」の必要性

医療機器におけるイノベーションでは「アンメット・ニーズ」、つまり、いまだに満たされていないニーズを解決することが大切です。

医療従事者の方々は、患者さんの病気を直したい、予後を良くしたい、QOLを高めたいといった目標を達成すべく活動しています。しかし、目標達成のためには、医療現場には解決しなければならない課題が少なからず残されていることから、医療機器のイノベーションが必要になります。

講義中の一場面

もちろん、医療機器メーカーはこれまでも、このようなニーズを満たす製品を開発してきました。ただ、収益性が求められる企業にとっては、細かなニーズに対応することは難しく、最大公約数的な方法を提案することが多いと思います。その結果、満たされないニーズ、つまりアンメット・ニーズが残されることになります。とはいえ、そうしたアンメット・ニーズを見つけ、課題解決法を提案していくことは、新たなビジネスの機会にもなり得ます。

それと同時に、実際のユーザーである医療従事者が率先して課題に目を向け、企業へ積極的にフィードバックするといった活動も重要になってきます。企業は、医療従事者とのコミュニケーションの中で、満たすべきニーズを見極め、イノベーションの機会をしっかりととらえていく必要があります。

医療機器のイノベーションが進まない課題1~取り組む医療従事者が少ない~

現在、医療機器のイノベーションを活性化するために、さまざまな取り組みが行われていますが、まだ課題が多いのも事実です。

イノベーションが進まない原因の一つに、そもそも取り組む医療従事者が、日本では少ないという課題があります。

背景の一つとして、土壌が整っていないことが挙げられます。医療従事者は、臨床、研究、マネジメント業務などの本業に従事しながら、プラスアルファとして医療機器開発を行っているのが現状です。さらに近年は、医療従事者の働き方改革が進みつつあり、ワーク・ライフ・バランスも意識しなければなりません。そうなれば機器開発に関わることができる人は、自ずと限られてしまいます。

以前、研究で大学病院などに所属する医師を対象に質問票による調査を実施し、どのような背景で医療機器のイノベーションに関わっているのかを尋ねたことがあります。この結果、上司や同僚の理解があるという方や、医療機器の開発経験がある同僚に囲まれている方が多い、という傾向が見られました。このことから、医療機器開発に取り組みやすい環境を、病院や大学といった組織側が積極的につくっていくことも、一つの解決策になるのではないかと考えています。

また、医学部教育において、医療機器開発に関わるキャリア像を提示することも一つの方策かもしれません。先述の医師への質問票による調査では、医療機器開発に携わる医療従事者の多くは「リードユーザーネス」という性質を持っていることがわかりました。

「リードユーザーネス」は、課題を解決することにどれだけメリットを感じるのかを表す「期待利益」と、医療機器に関する最新の情報をどれくらい感度高く仕入れているかを表す「ア・ヘッド・オブ・トレンド(先進性)」の2つで構成されています。

つまり、現場の課題をよく知っており、解決することの効果を見通していて、その解決のヒントになるような情報にも関心を持っているような人が、積極的に機器開発に関わる傾向にあるということです。

それであれば、日々の課題をリストアップしていくことや多様な情報に触れることの重要性、さらには課題解決を自ら進めていくキャリアの描き方があり得るということも、教育を通じて伝達していくことも一つの方策となるでしょう。

実際、一部の大学では、新しい取り組みとして医療機器開発を視野に入れた専攻を創設しています。こうした医学部教育が日本国内で盛んになっていけば、医療機器開発へ積極的に取り組む素地ができていくのではないでしょうか。

医療機器のイノベーションが進まない課題2~職種間の壁~

医療機器のイノベーションが進みにくい課題として、職種間の壁がある点も大きいと考えられます。

一般企業と同様に、医療の世界も、医師、看護師、各種技師など、それぞれが専門性を活かして活動し、最終的に医療が提供されるという形ゆえに、さまざまな業務が縦割りで進みがちです。

近年進む「チーム医療」と同様に、医療機器のイノベーションにおいても、職種間の境界を超えた取り組みが非常に大事になってくるため、その境界を阻む壁をどう乗り越えるかが課題となります。

新たな医療機器を導入する際には、既存のルーティンを変えなければいけないケースもあります。そのような場合には、職種間のコミュニケーションを促進する必要があります。また、部門を超えたプロジェクトチームを作って積極的に境界を乗り越える活動も重要となってきます。

愛知県豊明市にある藤田医科大学では、救急車で運ばれてきた脳梗塞の患者さんに迅速かつ最適な医療を提供するために、救急隊からの連絡を受けた後、看護師や脳外科や神経系の内科医師などが連携しながらバイタルデータ取得や画像診断などを行い、治療方針を決定し、処置をするといった流れがうまくいく仕組みを作って実践しています。このような先進的な事例から学べることは多いと思います。

医療機器メーカーは医療従事者の状況理解が求められる

先にも言及しましたが、医療機器のイノベーションを進めていくために、医療機器メーカーは、医療従事者とうまくコラボレーションしていく必要があります。

医療機器メーカーは医療従事者の置かれた状況をしっかり理解した上で、コミュニケーションをとっていく必要があるように思います。また、メーカーの置かれた立場を医療従事者にも理解してもらう必要があります。そうした相互理解により、信頼関係が構築され、プロジェクトも成功に導かれると考えます。

SDGs目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」を踏まえて

医療機器のイノベーションを推進していくことは、SDGsにおける目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」の達成にもつながります。

医療機器のイノベーションの最終的な「基盤」を形成するものは、実現するための知識や情報だと考えます。

今後は、イノベーションを起こすために必要な知識や情報をどのように育て上げていくのか、どうやって知識や情報を持っている人を増やしていくのか、という点が、基盤を強固にする一つの大事なポイントになってくると思います。

その意味でも医療従事者のキャリア教育は重要です。医療機器開発に携わることの魅力を啓蒙するような内容が、医学部教育のプロセスのどこかに入ってくるといいのではないかと思います。また、大学や病院内で、医療機器開発のノウハウや情報を共有できる環境の整備も必要だと考えます。

SDGs目標9のターゲットの一つには「包摂的かつ持続可能な産業化を促進する」という内容があります。今後の医療機器開発について、包摂性(インクルージョン)も非常に大事なポイントだと思います。

先述の通り、医療機器メーカーは最大公約的なニーズに合わせざるを得ないところがあります。患者さんの多い領域で、イノベーションは活性化していき、希少疾患などの患者さんが少ない、市場性が乏しいとみられる領域では活性化しにくいのが現実です。

解決のためには、新規市場参入をねらう小規模な企業に期待がかかります。なぜなら、そのような企業にとって、市場規模が小さいことは潜在的なライバルが少ない、大企業が参入しにくい点が魅力的に映るからです。今後はそのような企業と医療従事者が出会う場の創出やマッチングの進展が期待されます。

編集後記

医療機器開発に取り組む医療従事者は、限られた時間のなかにあっても、患者さんや社会のために活動していることを知り、これからの社会に強く求められる貴重な存在であると改めて感じました。今後、イノベーションのための土壌が整っていくことを期待します。また医療機器メーカーとのコラボレーションも課題解決の大きな鍵を握ると感じました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。