製造業におけるVOC排出量削減を成功させる秘訣とは?
~ 施策のトレンドも ~

2023/07/27
藤井 秀道氏(ふじい ひでみち)
九州大学 経済学研究院 国際経済経営部門 教授藤井 秀道氏(ふじい ひでみち)

2009年に広島大学大学院国際協力研究科博士課程を修了し、学位を取得。日本学術振興会特別研究員、(株)富士通研究所研究員、長崎大学准教授を経て、2018年より九州大学 大学院経済学研究院 准教授に着任。その後、2022年に九州大学総長補佐に就任、2023年2月より現職。企業の環境保全を目的とした取り組みや、環境保全に関するビジネスの動向に焦点を当て、環境負荷削減と経済的発展の両立を達成するために必要な政策・制度についての研究を行っている。

2006年4月よりVOC(揮発性有機化合物)の排出に関する規制が強化されて以来、国内の製造業において、排出量削減に取り組む企業も増えてきています。
今回は、VOC排出の原因とその影響に加え、注目すべき施策や今後の方向性に関し、環境と経済の関係性について研究されている藤井秀道先生にお話をお伺いしました。

目次

  1. 環境と経済の両立に関する研究に従事
  2. 近年のVOC排出量削減の取り組み
  3. エンド・オブ・パイプからクリーナープロダクションへ
  4. 最新トレンド「グリーンケミストリー」
  5. 環境と経済の両立のポイントは「最適点」を見つけること
  6. SDGsへの取り組みを背景に世界に目を向けて
  7. 編集後記

環境と経済の両立に関する研究に従事

私は、広島大学 理学部 数学科で学んだ数学のモデリングを実社会で生かすため、経済学に分野を移し、大学院では将来重要になると思われた環境経済学を専門に研究を進めてきました。民間の研究所で特許開発などの業務に従事した経験を活かし、企業のイノベーション活動と環境保全活動の関係性について研究を行っています。

VISION EXPOシンポジウム「九州大学×社会共創『社会と大学をつなぐ挑戦』みんなでつくる総合知」にて

これまでの研究では一貫して、環境と経済の両立について分析してきました。製造業などの企業にとって、環境保全への取り組みはコストがかかるため、利益が下がってしまうケースもあります。そのため、企業として環境保全の取り組みに対して消極的になってしまうこともあります。こうした状況を受け、どのような条件であれば企業が環境保全に取り組みながら経済的なメリットを得られるかを、実際のデータとして時価総額、利益率、特許数といった指標を用いながら環境保全活動と経済パフォーマンスの関係性を分析しています。

近年は、ESGやSDGsに対して関心が集まる中、社会や市場における環境保全に対する重要性の認識に大きな変化が生じており、環境保全に取り組むインセンティブが高まってきています。こうした状況を受け、環境と経済の両立を後押しするような政策の科学的根拠となる学術研究成果を生み出すために分析を進めています。

近年のVOC排出量削減の取り組み

以前、製造業をはじめとしたVOC排出量削減の取り組みと経済面との関係性について研究したことがあります。

VOCとは揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)のことでトルエンやベンゼンなどが含まれます。VOCは主に有機溶剤として塗料や接着剤、印刷インキなどに使用されており、製品製造を行う上で有用な化学物質として活用されています。一方で、揮発化され大気に放出されたVOCは、SPM(浮遊粒子状物質)や光化学スモッグの原因とされている光化学オキシダントを引き起こすことから、VOCの排出対策が求められてきました。

生産活動によるVOCの発生フロー
(作図:九州大学 藤井秀道教授)

日本では2004年5月に大気汚染防止法の一部が改正され、2006年4月よりVOCの排出に関する規制が強化されました。これを受け、VOC排出事業者は、事業活動に伴うVOC排出状況の把握や排出抑制のために必要な措置を講ずる必要が出てきました。

取り組みが進められた結果、2010年度における自主的取組参加企業によるVOC排出量は、2000年度より6割超削減を達成し、以降も減少傾向が継続しています(※1)。

私が関わり、2011年に発表したVOC排出量を考慮した国内製造業の生産性分析に関する研究(※2)では、製造業が経済効率性を圧迫することなくVOC排出量の削減を達成した例がみられました。2001年から2008年にかけてゴム製品製造業、パルプ・紙製品製造業、化学製品製造業、非鉄金属製造業、鉄鋼業の5業種でVOC排出量を考慮した生産性が上昇しており、特にゴム製品製造業とパルプ・紙製品製造業で大幅に改善していました。これらの業種では、VOC排出対策と経済効率性の改善を両立していると考えることができます。

エンド・オブ・パイプからクリーナープロダクションへ

VOCをはじめとした有害物質の排出量を削減する施策は近年、変化しています。

従来では、工場内で発生した有害物質を、煙突にフィルターをかけて回収するなどして最終的に外部に排出しないという「エンド・オブ・パイプ」技術が取り行われてきました。ですが近年では、より持続的に利益を高めるために、生産工程の変更や、原材料・製品設計の変更などにより、環境負荷の発生自体を抑制する「クリーナープロダクション」のアプローチが主流となってきています。

サーキュラーエコノミーとリニアエコノミー
(作図:九州大学 藤井秀道教授)

毒性化学物質の発生量は、原材料として利用する化学物質を非効率的に利用した結果であると考えれば、化学物質の適正利用は汚染物質の発生量を抑制するとともに原材料コストの削減にも貢献します。VOC対策でいえば、製造工程の過程で塗料や接着剤の使用量を最適化し、原材料をうまく節約しながら塗布する、という方法が挙げられます。

加えて、近年ではリサイクルを前提とした製品・サービスの設計を行う「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の概念がヨーロッパを中心に浸透していますが、その中に「サーキュラーケミストリー」という概念もあり、化学物質についても回収してリサイクルをしようという動きが出てきています。

つまり有害物質の排出量については、エンド・オブ・パイプからクリーナープロダクションへと発生抑制を通じて削減する方向に変化しており、どうしても削減できない部分に関してはリサイクルをしていこうという動きが進んでいます。

最新トレンド「グリーンケミストリー」

最近では、「グリーンケミストリー」という、はじめから有害性の低い化学物質を使用していこうとする考え方も世界的に広がってきています。実際、グリーンケミストリーを使用した接着剤や塗料の開発も進んでいます。

これは中国のVOC規制と、世界的に広まる生物多様性を重視する考え方の、2つの大きな背景が後押ししていると考えられます。

中国では2018年に大気汚染防止および管理法が改正され、2020年よりVOC規制が始まりました。中国国内で使用する接着剤や塗料などは、毒性が低く、VOC排出量が低くなるものを使う必要性が高まってきたことから、中国と取引のある世界各国においても対応が進んでいます。

また生物多様性への関心の高まりについても、ヨーロッパを中心に進んでいます。これには、国際的な組織である自然関連財務情報を開示する枠組み「TNFD(Task force on Nature-related Financial Disclosures)」において、企業の事業活動が生物多様性にどのような影響を与えているのか、という内容が盛り込まれていることが背景にあります。有害化学物質を自然界へ排出すれば、そこに根付く生態系および生物多様性に影響を与えてしまうことから、VOCについても注視されています。日本でもこれからTNFDへの対応も含めて、化学物質管理に関する意識が高まっていくことが見込まれます。

環境と経済の両立のポイントは「最適点」を見つけること

VOCのような有害化学物質の排出量を減らしながらも経済効率性を圧迫しないようにするには、最適点を見つけることにあるのではないかと思います。

私が過去に行った企業の環境保全度合いと利益率の関係を分析した研究(※3)においては、次のことがわかりました。環境保全の取り組みを行えば行うほど、ブランドイメージの上昇や原材料の節約、投資家からの「低リスクである」という評価、規制の先取りなど、さまざまな経済的なメリットが得られる一方で、過剰に行ってしまうと、それ以上のリターンがなかなか得られなくなるケースがあるということです。

しかし環境と経済の関係は、社会的な関心や市場動向に応じて変わってくることもあるため、それらを見据えた上でちょうど良い最適点を見つけて実施していくのが良いのではないでしょうか。

SDGsへの取り組みを背景に世界に目を向けて

今後、企業がVOC排出量を削減しながら、経済効率を高めていくためには、グリーンケミストリーを使用した原材料の利用や、製造工程において有機溶剤を適切かつ効率的に利用するための製造設備への投資を積極的に行っていくことが重要になってくるでしょう。

中小企業では、大掛かりな設備投資を行うことがむずかしい場合もあるため、スプレーガンの使用による塗着効率の向上や、水性塗料や粉体塗料への代替、溶剤の飛散防止策など、業界団体から共有されるノウハウをもとに、低コストの工程対策から取り組みを進めるのが良いかと考えています。例えば、業界団体が発信している情報を参考にし、VOC対策セミナーに参加するなどして、できるところから着実に行っていくことが重要だと考えます。

大企業については、グリーンケミストリーや設備投資のほか、海外にも目を向けると良いのではないでしょうか。投資家や海外の金融機関は、環境保全の取り組みを海外企業と比較するようになってきているため、今後はグローバルな視野を持って環境戦略を策定することが重要になってくるでしょう。

世界的にSDGsへの意識が高まっていることを背景に、VOC対策に対応する企業は、環境保全を通じて人々の健康を守り、幸福度を高めることに貢献するといった持続可能性の観点から、大きな評価を得られるはずです。そうしたことから、グリーンケミストリーを使用した製品やVOCを低減する製造機器の開発は、今後、さらに注目度が高まってくると考えます。

編集後記

先生のお話や経済産業省のデータから、VOC排出量が年々、着実に減少していることを知り、国内企業が不断の努力を続けているということが分かりました。また新しい技術であるグリーンケミストリーを使用した製品の開発など、今回のお話を通じて、新たなVOC施策の未来と可能性を感じることができました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。


【出典】

※1 経済産業省「揮発性有機化合物 (VOC) 排出抑制 のための自主的取組の状況」(令和4年3月7日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/sangyo_kankyo/pdf/010_02_01.pdf

※2 藤井 秀道、馬奈木 俊介、川原 博満「VOC 排出量を考慮した国内製造業の生産性分析」(2011年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jappm/34/4/34_27/_article/-char/ja/

※3 Fujii, H., Iwata, K., Kaneko, S., Managi, S. (2013). Corporate environmental and economic performances of Japanese manufacturing firms: Empirical study for sustainable development.
Business Strategy and the Environment vol. 22(3), pp. 187-201.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/bse.1747