医療用ロボットの活躍がSDGsへもたらす貢献とは?
- 国士舘大学 理工学部 理工学科 機械工学系 教授神野 誠氏(じんの まこと)
総合電機メーカー入社後、社内の研究所にて産業用ロボットの研究・開発に携わる。事業開発室グループ長などを歴任し、原子力発電所向けロボットや手術用ロボットを開発。事業化が難しかった手術用ロボット技術を他社に移管するなど、研究に限らないロボット開発および実用化を常に追求。現在は国士舘大学で教鞭を取りながらロボットの研究を続けている。
目次
民間企業で医療用ロボットの開発に従事
私は大学で機械工学系の修士課程を終えた後、総合電機メーカーに就職し、社内の研究所でエンジニアとして研究開発の仕事に従事しました。
当初は、産業ロボットや宇宙・原子力などの分野で役立つ新しい技術の開発を手がけていましたが、医学部の先生と接点があり、腹腔鏡下手術に使う医療用ロボットの共同研究を始めることになりました。ロボット技術の新しい適用分野を求めていたエンジニアのニーズと、新しい治療技術に対応できるツールを求めていた医師のニーズが見事に結びついたのです。
当時、腹腔鏡下手術にはすでに遠隔操作型の手術用ロボットが存在しましたが、装置が大掛かりで、高価格であることが課題でした。そこで小型化とコスト低減を実現しながら、手術時間の短縮など、医師の負担を減らすことを目指し、従来の手術機器である「鉗子(かんし)」にロボット技術を取り入れた「ロボット鉗子」を開発しました。
ロボット鉗子であれば、従来の腹腔鏡下手術では動かしづらかった部分について、ロボットアームを動かすマニピュレータ技術や遠隔操作技術、機構開発技術を用いて動作させ、直接、医師が自分の手で手術しているかのように実行できます。操作が便利で、患者さんに優しい手術が可能になります。
研究・開発を進めるに当たって、当時在籍していた会社では製品化がむずかしかったことから、研究を引き継いでくれる企業と技術援助契約を交わし、もとの電機メーカーに籍を置いたまま他社に技術移管するという形で研究開発を継続しました。さらに、本格的に製品化に取り組むために転籍し、そして2011年にはEU市場にて腹腔鏡下手術用ロボット鉗子を発売することができました。
技術を次世代に伝える使命感から大学教授の道へ
ところが腹腔鏡下手術用ロボット鉗子は、会社の事業戦略上の理由からストップがかかってしまいました。これをきっかけに、これから進む道の方向性を改めて考えました。
私には2つの願望がありました。一つは、これまで培ってきたロボット技術を用いて、現場で実際に使われるロボットを実現すること。その夢にもう一度挑戦したいという思いがありました。もう一つはロボット技術を次の世代へ伝え、エンジニアを育てることです。これは私の使命だと感じています。この2つの願望を叶えられるのは、大学という場所でした。そこで国士舘大学の機械工学系のロボット研究者の公募に応募し、2016年に企業エンジニアから大学教授になりました。
現在は、機械工学・ロボット工学の教育を行いながら、実用化を目指したロボット研究を進めています。
私の強みは企業で培ってきたキャリアと経験をもとに、ロボットを実用化、製品化するためには何が必要なのか、いま学んでいることが具体的にどのように役に立つかという点を教えられることにあると思い、教鞭を取っています。ロボット研究においては、ロボット技術によって医療従事者を支援し、すべての人に最先端の医療技術を提供できるようにしたいという夢に向かって進めています。失敗も含め、ロボットづくりはワクワクと感動の連続です。
医療関連現場のさまざまな課題を解決する医療ロボット
最近では腹腔鏡下手術用ロボット鉗子の研究を継続しているほか、眼科の微細手術向けの手術支援ロボットの研究も進めています。
眼科手術における微細手術では、従来以上の低侵襲化(患者さんへの身体的負担を少なくすること)や手術成績向上などが課題となっており、ロボット技術の適用により解決できないかと考え、眼科手術用ロボティックデバイスを開発しました。目の中に入れて手術するための、ごく小さなマイクログリッパなどを実装しています。
また再生医療などに欠かせない細胞処理、ウイルス検査などの臨床検査といった医療関連従事者を支援するロボットも研究しています。
再生医療を普及させるためには、細胞培養技術が求められますが、繊細な作業は技術的にも精神的にも負担が大きいという課題があります。そこでロボットと従事者が作業を分担する細胞処理作業用簡易ロボットを開発しました。人が行ったほうが早い作業は引き続き人が行い、人が行うと液剤をこぼしてしまうミスが起きやすい部分ではロボットが効率よく実行する仕組みを作りました。
またウイルス検査の現場では、検査従事者に感染リスクがある上に、検査数が増えれば負担がさらに大きくなります。そこで、従来のロボット技術と新たに開発した機器を組み合わせて一連の作業を行えるウイルス検査効率化ロボットシステムを開発しました。
例えば、分注・遠心・攪拌を行うハンドリングロボットシステムや、分注作業中のキャップを開ける工程をロボットが代わりに行うことで感染リスクを低減するシステムがあります。
これらのロボットシステムや装置は、実際に現場の方から注目をいただき、現場への導入を目指しています。
医療用ロボットと産業用ロボットの開発における違い
これまで、私は医療の現場で医師が利用する医療用ロボットと、製造現場で製造を補助する産業用ロボットの開発を行ってきました。
開発における両者の違いを挙げれば、医療用ロボットの中でも特に手術ロボットは、リスク管理がより重要である点が大きいと思います。ロボットがおかしな動作をしたり、医師が誤った使い方をしてしまったりといった想定外のことが起こったときも、絶対に患者さんには危害を与えない仕組みを作り、しっかりと検証し、製品として保証しなければなりません。
もちろん、産業ロボットでも同じことが言えるのですが、医療用ロボットは人の命に直接関わるところで使われるため、より重要になります。
民間企業で腹腔鏡下手術用ロボット鉗子の製品化を進めた際にも、この点には最も苦労しました。医療用ロボットのエンジニアとして、未来のエンジニアたちにも伝えていきたいと思っています。
医療用ロボットによるSDGsへの貢献
医療用ロボットは、SDGsの全体の目標達成に寄与すると考えています。
特にSDGsのゴール3「すべての人に健康と福祉を」に大きく貢献できます。例えば手術ロボットが医療従事者を支援することで、すべての人に健康と福祉が行き渡りやすくなるでしょう。
ロボット技術がより医療に活用されていくためには、ロボットメーカーが、できるだけ幅広い範囲で使用できるロボットを世に送り出すことが重要だと思っています。当初は頂点となる高い技術のロボットから製品化されると考えられるため、それを使用した手術や治療を受けられるのは限られた患者さんのみでしょう。しかし、頂点が高くなれば、すそ野が広がってくるので、より多くの患者さんに使用できるような流れができてくるのではないでしょうか。
ウイルス検査やバイオ実験などについては、ロボットを活用することで検査・実験件数を増やすことができます。ウイルス検査の現場では、感染リスクがある中で、できるだけ早くウイルスが持つリスクがどのようなものなのかを判明させなければなりません。また、国内外の感染状況を速やかに把握する必要があります。ロボット化が進めば、例えば今般の新型コロナウイルスのようなパンデミックが起きても、感染初期に感染リスクや感染状況が分かり、いち早く対策を取ることができます。そうなれば、日本、そして世界中のすべての人々にとって意味があることにつながります。
またロボットは医療従事者の負担を減らし、働きやすさの向上にも貢献できるため、SDGsのゴール8「働きがいも経済成長も」にも該当します。
ロボット技術を用いれば解決できることは数多くあり、医療系のロボットに限らず、ロボットはすべてのSGDsゴールに通じる技術です。今後もロボットエンジニアの一人として、日本、そして世界に貢献できるロボットを形にする夢を実現していきたいと思っています。
編集後記
今回のお話を伺いながら、ロボットが手術などの重要な人の業務を助けることで、より多くの人に利益を与えることができることに期待が高まりました。また先生のロボット開発にかける熱い思いを感じ、ぜひこの技術と熱意を次世代のエンジニアの方々が受け継いでほしいと感じました。
- ライター石原亜香利
多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。