“食を通じてより良い未来を創る”ために、私たちができること

2025/05/28
サカイ 優佳子氏(さかい ゆかこ)
サステナブル料理研究家/料理コーチサカイ 優佳子氏(さかい ゆかこ)

サステナブル料理研究家/料理コーチ。東京大学法学部を卒業後、外資系金融機関に勤務。娘の食物アレルギーをきっかけに食の道へ。雑誌連載企画で農業や漁業を取材したことから、食とサステナブルを結びつける活動を開始。特に米粉と乾物の研究を行い、料理教室や食のワークショップなどで、手軽でおいしいサステナブルな料理を伝える。2013年からの「乾物カレーの日」プロジェクトでは、内モンゴル砂漠に8,000本以上もの植樹を実施。NHK「あさイチ」、日本テレビ「所さんの目がテン!」などメディア出演多数。食育やサステナブルをテーマにした著書は15冊に及ぶ。

近年、日本の食料をめぐる問題が頻発しています。生乳が余り、卵の値段が高騰し、米が不足するなど、生産システムや需給のバランスを考えさせられる出来事が多くありました。
さらに、不安定な世界情勢の影響で、小麦などの輸入品の価格高騰も起きています。こうした状況で、私たちはいかに持続可能な食を確保していくかを、考えなくてはいけません。そこで今回は、家庭料理からサステナブルな活動につながる話を、サステナブル料理研究家のサカイ優佳子さんにお伺いしました。

目次

  1. 「サステナブル料理研究家」となったきっかけ
  2. 米粉や乾物との出合い
  3. 新しい発想には思い込みを疑うことが必要
  4. 乾物の活用を広げるため「乾物カレーの日」の活動を開始
  5. 企業も参加しやすい仕組みづくり
  6. 持続可能な活動には「自分ごと」となることが大事
  7. 「サステナブル料理研究家」として想う、わたしたちができること
  8. 編集後記

「サステナブル料理研究家」となったきっかけ

料理の道に入ったきっかけは、娘の食物アレルギーです。それまでは外資系金融機関に勤めていて、料理とは全く異なる仕事をしていました。

娘は、生後4ヶ月で卵・牛乳・エビ・カニ・タコ・イカ・鶏肉・牛肉など、多くの食品にアレルギーをもっていると分かったのです。

母乳で育てたいという思いから、私自身がそれらの食材を2年間一切摂らないという生活を送りました。

当時の私は、初めての育児に加え、両親の手助けを得られる環境ではなかったことや、夫も多忙であったため、育児ノイローゼ寸前の状態だったと思います。

そのときに「お母さんがハッピーでいられない社会」に疑問をもったのです。そこで、母親が孤立しない居場所をつくるために、料理教室を始めました。

実は、私の教育のバックグラウンドに、料理というものはありません。しかし、当時の私は、日本の一般家庭では見ないような、めずらしい料理ばかり作っていました。

というのも、結婚当初、アメリカ人の夫が日本食に慣れていなかったためです。夫のためにFAXでさまざまな国のレシピを取り寄せ、勉強しては作るという日々を送っていました。

また、私自身が食いしん坊ということもあり、料理への好奇心や探究心が人よりも旺盛なのだと思います。旅先でその土地の料理を学んだり、宿泊したホテルの厨房をのぞいてレシピを教えていただいたりすることもよくありました。

そうして勉強したことをもとにレシピを考案し、NHK「きょうの料理」のコンクールに応募したところ、2年連続で入賞できたのです。この経験があったから、料理教室を開こうと決意できました。
 
その後、料理教室が100名もの生徒さんが集まる教室に成長していた頃のことです。農水省関連の雑誌から声がかかり、農業や漁業の問題をレシピで解決するという企画を任せていただくことになりました。

7年にわたってさまざまな農業や漁業の現場を取材するなかで、私たちが食べて消費することが1次産業の問題解決につながることに気づき、そこからサステナブルというテーマが私の中に加わりました。

米粉や乾物との出合い

私が米粉の研究を始めたのは2007年頃です。新聞で、米が余っているという記事を見たことがきっかけでした。

政府が小麦粉の代用として米粉の活用を推進したこともあり、その後、米粉という言葉が知られるように。

一方で、米の生産量を抑える減反政策は2018年まで続き、日本の米消費量は1960年代に比べて2007年頃には既に半分に減っていました。

上:パパセカ/下:自宅で干した野菜
(画像提供:サカイ氏)

私は、米粉のおいしい活用法を広めることができれば、米の消費が促され、田んぼを守れるのではと考えました。

よく「サカイさんはグルテンフリーだから」と誤解されるのですが、私は小麦も大好きで、ラーメンもパスタもケーキも食べます。米粉の研究をしているのは、そういったことよりも、田んぼのある風景を守りたいという気持ちからなのです。

乾物に興味をもったのは、2010年に南米食材店で見つけた「パパセカ」との出合いでした。

「パパセカ」はじゃがいもを乾燥させたもので、固形のコーヒーシュガーのような見た目をしています。じゃがいもはどこにでもあるものなのに、ペルーでは乾物にして食べるのが一般的と分かり、興味深いと思いました。

そんな出来事があったあと、東日本大震災に。私の住んでいる地域でも計画停電が実施され、冷蔵庫が実質的に使えなくなりました。

食材を買いにスーパーに行くと、生鮮品が売り切れているなか、乾物だけは棚にたくさん残っていたのです。その光景を見て、日本では乾物を使おうと思える人、使える人が少ないのではと思いました。

長期保存が可能で、保存のためにエネルギーも使わない乾物はとてもサステナブルです。すぐには食べきれない食材を家庭で乾物にすれば、食品ロスも削減できます。また、規格外の野菜を乾物にすることで、農家のスモールビジネスにつながる可能性もあります。そこで、乾物を普及させようと研究を始めました。

現在は、乾物の活用法を教える講座をeラーニングでお届けしています。 

近年は、レシピを見なくても料理ができるパーソナルトレーニングが好評です。食材の保存法や活用法と、レシピを見ずに料理が行える術をお伝えしています。

レシピを見ずに料理ができる人が増えれば、食品ロスも減るでしょう。

新しい発想には思い込みを疑うことが必要

乾物があまり活用されていない背景には、人びとの乾物への思い込みや誤解があると思っています。

乾物を使った料理というと、和食を思い浮かべる方が大半ではないでしょうか。

私自身も、以前は乾物料理といえば、ひじきや切り干し大根を煮物にして食べるくらいでした。多くの人にとって、乾物はなんとなく古臭くて、水で戻す手間もかかる面倒なものという印象だと思います。

しかし、私が乾物に興味をもつきっかけになった「パパセカ」は、ペルーの食材で、豆や肉と一緒に煮て塩で味を整えます。切り干し大根も、ペルーでは別の味付けになるかもしれない。そう思うと、乾物の使い道はぐっと広がりました。

例えば、私が考える乾物レシピには次のようなものがあります。

出汁をとったあとの煮干しで作るバーニャカウダ。トマトジュースで戻した干し椎茸をチーズと生ハムを加えオーブンで焼いたもの。ひじきのポタージュ、甘いコーヒーで戻した油麩にマスカルポーネチーズとココアパウダーを合わせて作った油麩のティラミス風。

上:干し椎茸の生ハムチーズ/下:油麩のティラミス風
(画像提供:サカイ氏)

そのほかにも、切り干し大根ならパスタ代わりにもなるし、スープにも味噌汁にもさっと入れられます。また、切り干し大根はグラタンに入れると、甘味がでてとてもおいしいんです。

乾物は食品ロス削減・省エネ・もしもの時の備え・料理の時短と、活用法は無限大ということで、考え方を変えると、一周回って実は最先端の食材なのではと感じるようになりました。

日本では東北などの雪深いところで多く乾物が活用されてきましたが、そうした地域の方も、乾物を普段から食べるという意識は少ないのかもしれません。乾物は食料が不足したときの「かてもの」という、固定観念があるからでしょう。私のレシピを見た山形の方から、「普段から食べていいものなんですね」というご感想をいただいたこともありました。

こうした乾物への思い込みと誤解を払拭するために始めたのが、「乾物カレーの日」プロジェクトです。

乾物の活用を広げるため「乾物カレーの日」の活動を開始

「乾物カレーの日」プロジェクトは、2013年に始めました。目的は、大きく2つあります。

1つは乾物の可能性を広く知ってもらうこと、もう1つは、私たちが食べることが、未来の社会につながっているという気づきを、多くの人と共有したいということです。

馬頭琴のライブ演奏付きイベントの様子
(画像提供:サカイ氏)

年に1度の「乾物カレーの日」に、飲食店さんには乾物を使ったオリジナルカレーをご提供いただき、料理教室さんには乾物カレーの作り方講座を開いていただきました。

乾物の可能性を示すには、国民食ともいえるカレーはぴったりの料理でした。乾物=和食という固定観念を払拭し、活用の幅広さを伝えられたと思います。

また、社会へのつながりの気づきには、目に見えるかたちがいいと考え、内モンゴルの植樹活動への寄付を行っています。

「ドライなフード(乾物)でドライなランド(砂漠)を潤す」というキャッチフレーズのもと、乾物カレーの日プロジェクトの売り上げの一部で2024年は3,000本の植樹を行いました。

活動当初は砂漠だったところが、いまは森のようになっていて、私たちの活動の成果を実感しています。2025年もまた、3,000本の植樹をすることができました。

企業も参加しやすい仕組みづくり

「乾物カレーの日」プロジェクトでは、SNSを活用し、食品メーカーさんとのコラボレーションも実施しました。

一般の方々に乾物カレーを作っていただき、その画像を特定のハッシュタグを付けて投稿してもらいます。投稿数に基づいて、食品メーカーさんがプロジェクトに寄付をしてくださるという仕組みです。

多くの参加者が考案したオリジナル乾物カレー
(画像提供:サカイ氏)

例えば、高野豆腐のメーカーさんであれば「#高野豆腐 #乾物カレー」などのハッシュタグをつけた投稿に、1投稿あたり100円や200円を寄付していただきます。メーカーさん側では商品のPRになり、私たちは乾物の良さを広められ、消費者はサステナブルな取り組みになるという、みんなが笑顔になれる仕組みができました。

食品メーカーさんのなかには、一般消費者や飲食店、料理教室に商品をご提供くださるところもあり、とてもありがたいことだと思います。

持続可能な活動には「自分ごと」となることが大事

「乾物カレーの日」プロジェクトを通じて、食べることで未来の社会につなげることを、「自分ごと」にしてくれる人が、増えたと実感しています。

環境汚染や貧困問題に心を痛めたり、心配したりしている人は少なくありません。

2014年、内モンゴルでの植樹に参加した様子
(画像提供:サカイ氏)

しかし、多くの人は問題が大きすぎると、自分は専門家ではないから解決できないと思考が停止してしまいます。ですので、一人ひとりが取り組みやすいかたちを作ることがまずは大切だと思い、このプロジェクトを始めました。

みなさんは「TABLE FOR TWO」という活動をご存知でしょうか。先進国で1食とるごとに、発展途上国に1食贈られるというプログラムです。

さらに、先進国の1食は、肥満や生活習慣病を考えた健康的な食事になっています。この取り組みを知ったことが、私が「乾物カレーの日」プロジェクトを始めるきっかけにもなりました。

健康的な食事をして、そのうちの数十円が発展途上国の1食になると思えば、取り組みやすいですよね。
このような形で、企業側が、消費者一人ひとりが取り組みやすい仕組みを作ることも、SDGsの観点からは必要ではないかと思います。

「サステナブル料理研究家」として想う、わたしたちができること

私たちの食を持続可能なものにするためには、一人ひとりが一旦立ち止まって考えることが必要だと思います。

食品メーカーさんであれば、使用する添加物1つにおいても、それを使う理由を今一度考えてみてはいかがでしょうか。

これまで使ってきたからという慣例で使い続けるのではなく、そもそも何で必要なのか、改めて検討していただけると嬉しく思います。

※画像はイメージです

消費者の私たちも、料理をする際に一旦立ち止まり、思い込みを捨てることが大切です。

外国から入ってきた小麦粉を使う料理でも、実は米粉でできるものもたくさんあります。ムニエルも米粉を使って作れますし、ホワイトシチューも、米粉なら小麦粉を使うより、ずっと簡単です。

実際に、小麦は自給率が低く、国産のものはとても少ないことを考えると、国産の小麦を増やすとともに、もっと国産の米粉を活用するべきなのです。

食べることが世界につながっているという意識をみんながどこかにもっていることが、楽しくおいしく食べ続けていける未来につながると思っています。

編集後記

1人ひとりの小さな行動でも、それを合わせることで大きな成果となる。それを示したのが「乾物カレーの日」プロジェクトでしょう。2013年から始まったこの活動は、2025年が最後となるそうです。しかし、プロジェクトが終わっても、サカイさんのサステナブルな食への意識は、多くの人に残り続けるのだろうと思います。私も小さな1人として、大きな成果の一員になれるよう、日々の食事を考え直したいと思いました。まずは、切り干し大根を味噌汁に使うところから始めてみます。

堀江恵美子

インタビュー記事の執筆を中心に活動。士業や医師、経営者のほか、インタビュー慣れしていない人物へのインタビューも得意とする。インタビュイーが言語化できていないことを汲み取り、読者に分かりやすく伝えることがポリシー。