意外と近い関係?流行だけで終わらせたくないSDGsとDX

2021/10/04
嶋津 恵子氏(しまづ けいこ)
都立産業技術大学院大学 産業技術専攻 教授嶋津 恵子氏(しまづ けいこ)

博士(システムズエンジニアリング)、 博士(政策・メディア)。2015年より現職。富士ゼロックス(株)人工知能事業部、情報企画室課長、IT・メディア研究所主任研究員などを歴任後、大学教育の道に入る。慶應義塾大学で研究・教鞭をとる傍ら、JAXAや政府機関においてアドバイザーや委員を歴任。所属の垣根を超えた活動を精力的に行い、準天頂衛星システムを利用した災害時救命情報システムの開発・改良を行っている。
https://aiit.ac.jp/master_program/professor/k_shimazu.html

2020年度は小学校でプログラミング授業が始まり、コロナ禍をきっかけにリモートワークをする人が増えました。メディアでは盛んにDX(Digital Transformation)推進が語られ、街中でSDGsの文字を見かけるようになりました。2大流行語にも思えるSDGsとDXの関係について、システムズエンジニアリングを活用した課題解決の専門家、嶋津先生にお話を伺いました。

目次

  1. SDGsがDXの理解を深める
  2. 「システム」と「システムズエンジニアリング」
  3. ここで問題! 「システム」はどれでしょう?
  4. 情報システムで命を救う
  5. 時代は「個」から「総」のフェーズへ
  6. 取材を終えて

SDGsがDXの理解を深める

「SDGsへの取り組みがDXの理解を深めます。」そう聞いてすんなりとご了解いただけるかたはどのくらいいるでしょうか。DXとはDigital Transformationの略です。ITの活用で、人々の生活をあらゆる面で良い方向へ変化させることを意味します。この変化を広く浸透させる際に、SDGsの取り組みで使ったプロセスをそのまま当てはめることができます。

COVID-19流行以前の講義の様子 (写真提供/嶋津恵子氏)

「大目標があり、人々のあるべき暮らしを思い描き、必要/適切な振る舞いを想定し、全体最適の道を探す」というプロセスです。この思考プロセスを身につけた人が増えることによって、DXの推進にも影響を与えると考えています。「コンピューターの性能やシステムの機能の凄さとユーザーの総合的な使い勝手や負荷のバランスまで」。ユーザーを取り巻く環境の更にもう一段外側まで意識を向けて考える習慣は、今後さらに求められる姿勢です。

デジタルと付いているので、計器の表示を針(アナログ)から数字(デジタル)に置き換えることや書類をスキャンしてパソコンに取り込むことを想像されるかたもいらっしゃるでしょう。そちらは「デジタライゼーション(デジタル化)」と呼びます。ごく簡単に表すと、世の中にある情報をパソコンで取り扱えるように加工することが「デジタル化」、その情報を活用し、業務や社会をより便利に進化させることが「DX」です。

自身が設計したロケットの打ち上げ実験の様子1(写真提供/嶋津恵子氏)

「システム」と「システムズエンジニアリング」

大学院ではシステムズエンジニアリングの手法を用いた問題解決について研究しています。念のために付け加えますと、ビジネス用語の「システムエンジニアリング(サービス)」や「システムエンジニア(職種)」とは全く別のものです。

システムズエンジニアリングは航空宇宙分野で確立された開発手法です。目的は開発の初期段階で「運用開始後の致命的トラブル」の発生を防ぐことです。ここ20年ほどで世界中に広まったアジャイルという小回りが利く開発思想の良いところを取り入れ、全体最適化の方法に応用しています。

自身が設計したロケットの打ち上げ実験の様子2(写真提供/嶋津恵子氏)

システムは、シンプルな部品をシンプルなインターフェースでつなぎ合わせることで完成しています。身近な例に当てはめてみましょう。AさんとBさんがスマホで話をしている時、「Aさん」「Bさん」はそれぞれエクスクルーシブな部品、「スマホ」がインターフェースに相当します。あらゆるシステムはこのシンプルな構成が複雑に組み合わさってできています。

システムと言っても、対象はコンピューターだけに留まりません。例えば社会全体、企業、人間の身体もシステム。スマホのアプリも、人間関係も、生き物も、太陽系も全てがシステム。ここの理解が第一関門になるでしょうか。

ここで問題! 「システム」はどれでしょう?

システムについてもう少し知っていただくために、問題をお出しします。

(問題)

ある人物、ここではAさんとします。Aさんの寝室には目覚まし時計とロボット掃除機が各1台設置されています。Aさんは毎朝7時に起床します。起床と共にロボット掃除機に起動するシステムが欲しいと考えました。

パターン1
目覚ましが鳴る & 掃除機がタイマーで起動

パターン2
目覚ましが鳴る → Aさんが目覚める → Aさんが掃除機のスイッチを入れる

パターン3
目覚ましが鳴る → 感音センサーが音をキャッチ → 掃除機が起動

あなたはどれがシステムだと思いましたか?正解はパターン2と3の2つです。パターン1は決められた時間に同時に動いているので一見システムに見えますが、インターフェースが存在しません。従って、システムの定義には当てはまりません。パターン2ではAさん(人)、パターン3では感音センサーがインターフェースです。

ロボット掃除機、Aさん、感音センサーはそれぞれ独立でも機能します。それらが組み合わされて、システムになります。

パターン2について、「寝過ごしたり、(寝起きで頭がボンヤリしていて)空振りしたりで掃除機のスイッチを入れ損なう可能性」を考えて「システムとは言えない」と思われた方もいるかもしれませんね。システムかどうかと精度はまた別の話題になります。

情報システムで命を救う

産業技術大学院大学へは、これまで私が培ってきた知識や経験をより社会に還元したいという思いで着任しました。本学の特徴は学生の多くが「社会人」で、企業や自治体、政府機関などで職務を経験するなかでぶつかる課題を、より高いレベルで解決する策を求めて、入学されることです。実社会での課題をプロジェクトベースで取り組むなど、一般的にイメージされる大学院とは様子が異なるかと思います。

また、個人の課題意識から準天頂衛星を使った災害時の避難発令システムの設計プロジェクトに取り組んでいます。準天頂衛星は24時間、日本列島の真上あたりにいる人工衛星です。カーナビゲーションシステムの精度向上に貢献している「みちびき(※)」の名前の方が馴染み深いかもしれません。(※:「みちびき」は準天頂衛星を使った測位システムの名称です)

準天頂軌道衛星
出典:qzss.go.jp
提供:内閣府宇宙開発戦略推進事務局

準天頂衛星が発する電波の受信エリアは日本列島と東南アジア、南太平洋です。災害時に地上の状況とは関係なく、4秒に1の頻度で届く信号に、危険を伝え避難を促すサインを載せる。これも、情報の力で命を救う防災の取り組みです。データの取得や伝達、活用にはもちろんITが前提であり、デジタル化で未来をより良くするDXの事例です。

時代は「個」から「総」のフェーズへ

冒頭でも述べましたが、SDGsが生活の中に浸透してくると、結果からアプローチ方法をデザインする思考プロセスが当たり前になることでしょう。これは日本の「当たり前」をアップデートするチャンスになります。

日本の技術力が世界を席巻した時代は、突き詰めると「個」の時代と言えます。製品を構成する個々の部品のクオリティーが製品のクオリティーを決め、価値になっていた時代です。日本中の企業がQC(Quality Control:品質管理)活動に邁進し、部品の歩留まりを極限まで高め、素晴らしい製品を世界に送り出してきました。

研究室にて(写真提供/嶋津恵子氏)

対して、現在、世界でもてはやされているのは「総」。ユーザーの総合的な便利さや満足感です。例えば、素晴らしく高性能な音楽再生器(製品)ではなく、いつでも気軽に好きな音楽を楽しめる暮らし(環境)のように。

独立した部品をインターフェースで繋げることで、部品単体以上の機能と性能が発揮できる。システムの特長であり、面白いところです。全体最適の観点でよりよい未来を考えるとき、SDGsやDXの推進にはシステムズエンジニアリングの考え方がきっと役に立ちます。

取材を終えて

環境に配慮した行動を心掛けていても、時々フッと面倒に感じてしまうことがあります。そういうときは自分の手元ばかりを見ている時が多いかも。全体を見て、大きなゴールを思い出して、「このひと手間が、未来のため」と思いを巡らす。SDGsは全体最適を学ぶ身近なきっかけなのだと再認識しました。

サイエンスライター富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)