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VOICE OF THE EXPERT

専門家インタビュー

ほどほどなら薬にもなる毒の話

日本薬科大学薬学部 特任教授
日本薬科大学木村孟淳記念漢方資料館 館長

ふなやま しんじ船山 信次氏

日本薬科大学特任教授。薬剤師・薬学博士。高等植物を中心に、その他微生物由来の抗生物質など、天然物を起源とする有用な天然有機化合物の単離・精製、および化学構造の研究を行なう一方、「薬毒同源」の考え方から、種々の植物由来の有毒成分を明らかにする研究も実施している。
1951年、仙台市生まれ。
近著『毒が変えた天平時代:藤原氏とかぐや姫の謎』(原書房)

「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、真実は「生物に何らかの作用をするものは使い方によって必ず毒か薬になるである」。そう語るのは、最近、毒をヒントに歴史の謎解きに挑む著書を発表された船山先生。柔和な笑顔と物騒なテーマのギャップに興味を引かれ、ずっと疑問に思っていた薬のこと、毒のことを伺いました。
(標本等は日本薬科大学木村孟淳記念漢方資料館展示資料/撮影:富山佳奈利)

園芸植物に魅せられて、気がつけば毒の専門家に

薬科大学で教鞭を執り生薬の成分の分析などを行っていると、「崇高な志をお持ちなのでしょう」「子どもの頃から医療に関心がおありになったのでしょうね」などと聞かれることがままあります。そこで「いいえ、園芸好きが高じまして」とお話しすると「では、山歩きがお好きですね?」と、これまた誤解が重なります。メディアで取り上げられた時に「毒の研究をしておりまして」とお伝えすると、どういうわけか警戒されてしまいます。『ひとことでお伝えする』には少々難しいことを仕事にしてしまったなと思う次第です。
本草網目(書籍)の実物と掲載植物の展示

一口に園芸が好きと言っても、草木を育てる事や鑑賞すること、農作物を作ったり食べたりする事、新種を生み出すこと、などなど多くの楽しみ方が存在します。私が最も興味を惹かれるのは、園芸を楽しみ、ときに草花たちに振り回される人間たちのドラマです。例えば1630年代のオランダ、チューリップバブル時代には「黄金よりも価値があるチューリップの球根」を巡り、国の政治までが大混乱をしたという歴史があります。そして、古代より人類に利用されてきた毒や薬としての植物たちの存在。歴史の裏に毒物あり。絡み合う思惑や歴史的、政治的ドラマと薬・毒の関わりに注目し著作等で発表してきました。そうするうちに、毒に関するコメントを求められる機会が増えまして、図らずも「毒の専門家」と相成った次第です。

取材前日に届いたという新刊のカバーデザイン。2022年3月発売予定の著書『禁断の植物園』(山と溪谷社)では、美しい毒草たちのミステリアスな逸話を魅力的な挿絵と共に紹介する。

パッケージと薬の深い関係

ノードソン株式会社では、医薬品カートンの接着にも使うホットメルトの塗布装置で高いシェアをお持ちと伺いました。薬の入れ物には、薬の保存性はもちろんのこと、他にも多くの機能が要求されます。たとえば、市販薬の外箱を無傷で開封しようとしても、上手くいきませんよね。必ず外箱の一部を壊さなければならず、折角のパッケージが勿体ない気もしますが、薬の安全性確保のためには、これも非常に重要な「機能」です。

日本における家庭用常備薬の普及には『富山の薬売り』の存在も大きかった
1982年、私がシカゴに滞在していた頃、世界を震撼させる大事件が起こりました。第三者が市販薬に毒物を混入させて、それを服用した消費者から複数の死者が出たのです。このいたましい事件を機に、薬のパッケージには必ず開封済みの証拠が残ることが求められるようになりました。現在のパッケージは一つの最終形だと感心しています。

薬をいつでも手軽に使えるようにするためには、薬自体の生産もさることながら、貯蔵、保管、運搬についても技術革新が必要です。古くは、乾燥させた植物などをその都度煮出して使うことも多くありましたが、このような薬(その一部は漢方薬と称されています)は紙や木、陶器、金属などで作った容器に保管する方法が用いられました。軟膏入れとして二枚貝の貝殻が使われることもありました。今でもお土産品で貝殻に入った紅(口紅)などを見かけることがありますね。

化学薬品の貯蔵容器としてはガラス瓶のイメージが強いかもしれません。ガラス容器は密閉のみならず密封も可能など、実に有用です。しかし、中にはガラス容器が使えない化学物質もあります。一方、各種のプラスチック製の容器の発明は画期的ともいえましょう。軽くて丈夫、透明から遮光まで用途に合わせた色付けが可能、成形が容易で安価。薬の容器に必要な種々の性質を持つプラスチックは用途に合わせて常時進化しています。

爆発的な勢いで世界中へ広がり、たくさんの人々の生活を便利に変えたプラスチック。発明された時はまさに夢のような素材と思われたことでしょう。しかしながら、後にゴミの増量やマイクロプラスチックによる海洋汚染として問題視されることを予見できた人はいたでしょうか。薬にも似たような側面があります。安価で良く効く市販薬が、飲んだ人を通して遺伝毒性を発現したりする可能性です。薬害という苦い経験で学んだ「先々まで考える必要性」が新素材開発や臨床の場でも活かされて欲しいと願っています。

薬はどこで作られる?

薬学部では薬の分析や管理など医薬品にまつわるあらゆる分野に関わり、確かに白衣のイメージは間違いありません。ただし、新薬の開発をする仕事が主と思われることも多いのですが、それだけではないのです。

新しい薬を生み出す「創薬」にはいろんな分野の研究者たちがかかわっています。例えば抗生物質は発酵により微生物が作り出す医薬品ですが、微生物に関する技術や学問といえば、主に農学の得意分野です。人工知能を使った創薬にも期待が集まりますが、こちらでは数学者も活躍しています。もちろん化学の分野でもあります。それらで見つけ出された可能性の種は、多くの場合製薬会社で医薬品としての適性が見極められた後、治験を経て製品化へと進みます。製品化に至れば、保管や輸送に必要なパッケージの工夫も不可欠です。

江戸期の漢方医の薬箱と、現代でも重宝されている漢方薬

今一番気になる医薬品といえば新型コロナウィルスに対するワクチンと、経口治療薬ではないでしょうか。現在も引き続き、世界中の関係者がしのぎを削って研究・開発を続けています。薬が出来上がってから一般の人が使えるようになるまでには超えなくてはならないハードルがいくつもありますが、今回の事態に対しては、法律上の手続きにおいて特例法を使うなどして審査期間の短縮も図られているようです。ワクチン、経口治療薬の選択肢が広がり、必要な人に速やかに届けられるシステムの構築が待たれます。

服薬で困ったら、薬剤師に相談して

医薬品といえども商品です。使いやすさ、とくに患者さんにとっての飲みやすさにも随分工夫がなされています。そうはいっても、今でも、喉に張り付くカプセル剤や、大きな錠剤など、患者さんにとっては嫌な薬が無くならないのも現実。また、癖のある漢方の顆粒なども「どうせ胃に入ったら同じだろう」とコーヒーやジュースなので飲んでしまうことはないでしょうか?

実は、内服薬が飲みにくかったり、苦かったりするのにもときには理由があって、なんでも糖衣錠にして飲みやすくすればよいという訳にはいきません。漢方薬の中には、煎じた際の香りも大事というものもあります。また、胃で溶けて欲しいのか、小腸まで確実に届けたいのかなどをコントロールするためには、薬の剤型に意味がある場合もあるのです。

ただ、どうしても飲みにくい場合は薬剤師への相談をお勧めします。薬の中には、通常は粉で処方されるけれど、錠剤バージョンも製造している場合や、その逆の場合もあったりするからです。服薬を補助する商品の使い方や、ちょっとしたコツで飲みやすくできる場合があることなど、薬の服用について一番詳しいのは薬剤師です。もちろんすべての場合に良い方法が提案されうるわけではありませんが、そうできない理由を知るだけでも意味があることだと思います。

らんびき(陶製の蒸留器)
薬研と看板

薬毒同源

私が毒に興味をそそられる理由の一つは『毒は嘘をつかない』からです。世の中に効果がはっきりしない薬はあるかもしれませんが、効かない毒はありません。毒の場合にはおよそいつでも何らかの好ましくない作用が出たことにより毒と称されると思いませんか。

動物の角や牙も薬とされていました。高額で取引されたことから密猟の動機になることも。これも薬が地球環境に与えた影響と言えます。

薬と毒の違いはご存知でしょうか。体調が悪い時、あるものを摂取して元気になれば、そのとき、そのものは薬と呼ばれます。一方、あるものを摂取して具合が悪くなったり、不幸にも亡くなったりした場合、そのものは毒と呼ばれます。

毒のうち、用法用量をコントロールすることで人体に有益な結果を示せるものが薬と呼ばれる可能性がある。そんな風に考えるとわかりやすいでしょうか。
一方で、一般に薬と呼ばれるようになったものでも使い方(用法)や使う量(用量)を間違えれば、全く同じものが毒と称されることになりかねません。まさに、毒と薬は表裏一体であり、この事象を私は薬毒同源と言っています。

細くてニョロニョロと動く生き物には「竜」の字を当てる場合もありました。地竜とはミミズのこと。変わった薬の原料としては、ムカデや冬虫夏草も有名です。
資料館の入り口で来館者を見守る薬師如来坐像。光背の日光菩薩・月光菩薩は「昼も夜も(=一日中ずっと)見守っている」というメッセージだそうです。

古今東西いろいろな毒を見てきましたが、私が一番好きな毒はC2H5OH(エチルアルコール)です。アルコール飲料(酒)こそは使いようによって典型的な薬毒同源をイメージできるものではないでしょうか。新型コロナウィルス禍がなんとかおさまり、再び心置きなく酒宴を楽しめる状況が戻ってくる日を心待ちにしています。

編集後記

漢方資料館で、珍しい資料や不思議な道具、漢方薬に配合される生薬(しょうやく)の標本などを見せていただきました。薬の研究というと新しい薬の開発を想像しがちですが、昔ながらの薬がなぜ効くのか、それはどの成分の効果か?という研究が現在でも地道に続けられているとのこと。人間の長い歴史の中におけるこのような地道な研究の積み重ねの上に今日の便利な薬があることに、改めて感謝しました。

サイエンスライター 富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)