INNOVATION LAB
VOICE OF THE EXPERT

専門家インタビュー

植物工場を知っていますか?

大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 准教授/
大阪府立大学 植物工場研究センター 副センター長/博士(バイオサイエンス)

やまぐち ゆうべ山口 夕氏

植物学者、植物工場研究センター副センター長。大阪府立大学大学院生命環境科学研究科准教授として「応用生命研究分野」科目を担当。併せて、植物工場研究センターにて「完全人工光型植物工場」生産管理や市場優位性獲得に必要となる様々な条件等を探求している。バイオサイエンス(植物分野)についてのアウトリーチ活動も積極的に行っている。(直近 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics814.html

毎年のように異常気象やそれに伴う災害による大きな被害が報道されます。離れた地域に住んでいると、スーパーで食材の値段が突如高騰したことで「あぁ、この食材の生産地が大きな打撃を受けていたのか」と実感することも。気象の影響を受けない環境で食料を安定的に生産する方法を調べる中で、植物工場に出会いました。

小さな世界の攻防に惹かれて

風にそよぐ草木を見ると、なんだかとても静的で受け身的なイメージを持つ人も多いと思います。大学学部の時に入った研究室でそのイメージが一変しました。植物ウイルス病学では、小さな小さな世界を扱います。植物はいわゆる動物に食べられる以外にも沢山の外敵から狙われます。

病気の原因となる菌やウイルス、小さな虫たちとの間では、結構バチバチした攻防戦が繰り広げられているのです。その「やったり、やられたり」が面白そうだなと思い研究を始めました。 植物の研究といっても、畑に何かを植えるとかではありません。研究室では実験のために植物の栽培や培養などを行っていました。現在所属している大阪府立大学へ移ったとき、この経験が植物工場へ繋がりました。

葉物野菜で増えている

意外かもしれませんが、植物工場で作られた野菜は既に多くの食卓に届いています。葉物野菜と呼ばれるジャンルは植物工場での生産と相性が良く、毎日3万株のレタスを出荷している工場もあります。価格的には露地物よりも高くなることもありますが、1年中安定した品質で計画的な出荷が見込めることは商品としての強みです。

大阪府立大学研究推進機構植物工場研究センター(http://www.plant-factory.osakafu-u.ac.jp/

育てる植物としてレタスやグリーンリーフ、ハーブなどが向いています。果物や穀類、芋類では豊富な栄養や十分な強さの太陽光が必要ですが、葉物野菜ではそこまで厳しい条件でなくても出荷レベルの栽培が可能です。なにより、育った作物全体に対する可食部(美味しくいただける部分)が大きいことが魅力です。与えたエネルギーをいかに無駄なく食料に変えるかという視点も大切です。 一口に葉物野菜といっても、キャベツや白菜のように、きつく葉を結んで実るタイプはあまり適しません。栽培する植物の性質が植物工場で作ることができる条件とマッチすることが重要です。 レタスのように既に市場に親しまれているものもありますが、私たちは更なる収益性を考え、「おいしい青シソ」の栽培研究をしています。「美味しいシソ」とはどんなシソなのか?そのシソの成分はどうなっているのか?どのような栄養や環境が「美味しいシソ」を育てるのか?などなど、シソ栽培を多角的に研究しています。数あるハーブの中からシソをターゲットとしたのは、消費量の多さです。より多くの人に食べて貰えるもの、より高く売れる可能性のあるものを、と検討した結果なのです。

完全人工光の閉鎖型植物工場

漢字がズラズラっと並んでいますね。「完全人工光」とはまったく太陽光を使わず、LED(または蛍光灯)の光で栽培していることを表します。「閉鎖型植物工場」とは外界とは隔離して栽培用に環境制御を行っているという意味です。大阪府立大学の植物工場研究センター(PFC)は、日本において完全人工光型植物工場に特化した最先端の研究開発拠点の一つです。

大阪府立大学研究推進機構植物工場研究センター(http://www.plant-factory.osakafu-u.ac.jp/

工業レベルのクリーンルームのような環境で植物を栽培しているので、虫や菌といった余計なものがほぼ付着していない、クリーンな野菜として出荷できます。実際、元半導体工場だったところを流用した植物工場もあります。 閉鎖空間で水資源も限られた場所の代表といえば国際宇宙ステーション(ISS)が筆頭でしょうか。あそこでもLEDと水循環のシステムをつかったレタスなどの栽培が行われています。宇宙でも生野菜のサラダが食べられるのです。

3度目の盛り上がり

植物工場にはこれまで2度の盛り上がりがありました。1980年代に第一次ブームがあり、85年のつくば万博では水耕栽培のトマトが話題になりました。当時は太陽光を使った施設だったと思います。2度目は1990年代です。2009年以降、現在は3度目のブームの中にあります。 この盛り上がりに欠かせないのはLED技術の進歩です。1996年に白色LEDが開発され、2003年頃から照明器具としてのLEDが普及し始めます。2009年は大手コンビニエンスストア・チェーンの新規出店で店舗の全照明をLEDとしたことで話題となりました。一般家庭での照明器具としてもLEDが普及したことで、価格の低下と技術の向上が進みました。

私の研究では青シソを育てていますが、イチゴの栽培も人気です。水耕栽培で培われた知識や技術がイチゴの工場栽培に繋がっています。また、栽培方法の工夫で特定の成分を多く含む(または含有量を減らす)ようにコントロールすることもある程度可能です。例えば、腎臓疾患の方でも生で食べられる低カリウムレタスを生産している企業があります。

生物だからできること

植物エネルギーの活用といえば、化石燃料としての石油・石炭か、植物のデンプンや糖を使ったアルコールの製造、油脂の活用が有名かと思います。これらはエネルギー源としての植物活用の例ですね。 また、より積極的に植物の能力を活用しようという取組みもあります。健康増進や医療に役立つような新たな品種の開発です。以前、花粉症を軽減するお米が話題になったことがありますが、そういうイメージです。他社の事例になりますが、犬用のインターフェロンを作るイチゴが実用化されています。他にも特定の疾病に対するワクチン成分や治療薬を作る植物など、幅広く研究が進んでいます。日本では「遺伝子組換え」や「ゲノム編集」をした食物に対する拒否感が強く持たれている印象があります。結果としては大昔から続く品種改良の延長線上にあっても、消費者側のイメージが「良く分からないから心配」となっているように思います。多くの人に正しいイメージを持ってもらい、そういう技術や植物を上手に選べる人が増えて欲しいと思います。

ちいさな地球を育てるように

完全人工光型植物工場では、閉じた環境ということで就労環境としても一般的な農業とは違う部分があります。多くの作業が自動化されていることから、例えば車椅子のユーザーや、長時間の畑仕事はできない人にも働いて貰うことができます。平らな床でバリアフリーもバッチリ。雨風や強い太陽に当たることもありません。計画的に出荷ができるので、出勤の計画も立てやすいのです。 本センターは、環境制御と呼ばれる水や空調、光などのコントロールをする技術や、それを支える機械工学、エンジニアリングの先生方、植物の栽培や品種改良を研究する先生方、そして、雇用や収益について研究する先生方など、研究分野を超えた繋がりで運営されています。さながら、ちいさな地球を育てるように、誰か・何かを介して繋がり合うみんなの調和を求める仕事です。同じく本校にはアクアポニックスと呼ばれる技術を研究している先生もいます。アクアカルチャー(養殖)とハイドロポニクス(水耕栽培)を組み合わせた造語で、野菜の水耕栽培と魚の養殖を同時に行うのです。

図:SDGsに果たす役割(PFCホームページより抜粋 http://www.plant-factory.osakafu-u.ac.jp/center/

日本で暮らしていると植物工場のメリットといわれても、そこまで大きく感じられないかもしれません。ですが、例えば乾燥が激しく食料生産には不向きでも、エネルギー資源が豊富な地域や国では、植物工場は大きな希望となる可能性があります。 「フードマイレージ」や「バーチャルウォーター」といったその食物を得るために消費された『見えない資源』に気付いた時、植物工場が第二の畑として広く受け入れられるようになると思います。

取材を終えて

ここ数年、近所のスーパーで「エディブル・フラワー(食用花)」を見かけることが増えました。調べてみると、このカラフルで美味しいお花たちを育てる工場が増えている模様。繊細な花びらや淡い香りなど、消毒や水洗いの回数を極力減らしたい食材の一つです。植物工場と相性の良い作物だったのですね。

サイエンスライター 富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)