メタバースが創る未来とビジネス活用の可能性

2022/07/27
持丸 正明氏(もちまる まさあき)
国立研究開発法人産業技術総合研究所
人間拡張研究センター 研究センター長
持丸 正明氏(もちまる まさあき)

1993年 慶應義塾大学大学院博士課程 生体医工学専攻修了。
博士(工学)。同年 工業技術院生命工学工業技術研究所 入所。
2001年 改組により、産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究ラボ 副ラボ長。2015年より、産業技術総合研究所 人間情報研究部門 部門長。2018年11月 産総研柏センター内に人間拡張研究センター設立。研究センター長(現職)。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学。

ここ最近、「メタバース」という言葉をよく耳にするようになりました。これまでのゲームなどのエンターテインメントの世界だけでなく、ショッピングや会議、トレーニング、といったビジネスにおける活用も活発になってきています。従来のバーチャル空間とメタバースの違いやビジネス展開の可能性、SDGsとの関係について、人間拡張の研究の観点からお話を伺いました。

目次

  1. メタバースを使った人間拡張の研究
  2. 従来のバーチャル空間とは異なる、メタバースならではの
    ビジネス展開方法とは
  3. メタバースから、リアル世界に価値を還元する手法
  4. ログデータを取得できることは、ビジネスにおいて有利になる
  5. 日本の製造業がインターフェースとしてサービスに
    乗り出すのを期待
  6. SDGsとメタバース事業との関係
  7. 編集後記

メタバースを使った人間拡張の研究

現在、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)で「人間拡張」を研究しています。人間拡張とは、「人に寄り添い、人を高める技術」のことで、身体や感覚、認知、コミュニケーションといった人間の能力を補強するものです。例えば、人の筋力などをアシストするパワースーツや、思っていることを伝えるといった人間のコミュニケーション能力を拡張する仕組み、さらにはAIが我々を支援し、より上手に作業ができたり考えたりする、といったことも人間拡張に含まれます。

いま行っている研究の中では、コロナ禍で注目を集めている「メタバース」に関係するものもあります。メタバースとは、「Meta(メタ・超越した)」と「Universe(ユニバース・世界/宇宙)」をつなぎあわせた言葉です。

そのメタバース、つまり超越した世界の一つである仮想空間を活用した人間拡張研究の例を挙げると、一つにサービス業のトレーニングがあります。例えば、ファミリーレストランの接客トレーニングのために仮想空間の店舗を用意し、その仮想空間内でバーチャルなお客さまに対して注文を取り、料理を提供するなどの接客業務を行います。もしお客さまが手をあげているのを見逃してしまっても、あとから巻き戻して見ることができるので勉強になりますし、指導者も新人の身についていない部分を効率的に把握することができます。

その他、建設機械やスポーツのトレーニング等も同様に仮想空間を活用する研究をしています。このように、私が研究している仮想空間というのは、現実にあるものを仮想空間に作り出しているところに特徴があります。これには大きく2種類あり、一つは、ファミリーレストランの例のように、実際にある店舗を再現するもの。もう一つは、建設機械を仮想空間で操作して動かすことで、現実世界の機械が動き工事ができるという、仮想空間と現実空間とがリンクしているものです。
こういった技術を、将来的には介護の分野にも発展させていきたいと考えています。

従来のバーチャル空間とは異なる、メタバースならではの
ビジネス展開方法とは

仮想空間でのトレーニングと聞いて、従来のバーチャルトレーニングとどう違うのかと疑問に思われるかもしれません。この違いをお話しする前に、まず、バーチャルリアリティーについて述べます。バーチャルリアリティー、すなわち、仮想現実と呼ばれるものは、基本的に「技術」のことを言っています。これに対して、メタバースというのは「空間」のことを言っています。では、バーチャル空間とメタバースの定義の違いは?というと、しっかり議論されていないというのが事実です。

それを踏まえた上で、あえてバーチャル空間とメタバースの違いを考えてみると、メタバースのほうがより環境全体を再現していると言えます。例えば、ビルの一部だけ、街の歩行エリアだけを仮想化していたのが従来のバーチャル空間で、ビルや街を丸ごと仮想化するのがメタバースということです。丸ごと仮想化すると、インフラやマーケティングなど様々なビジネスとの連携が出てくるというのが大きな違いでしょう。

これまでもオンラインゲームをはじめとしたメタバースは存在していました。しかし、今後発展していくメタバースはまた違うものだと考えており、私は大きく2つあると思っています。

1.共創
まず「消費」から「共創」への変化です。従来は、遊園地を仮想空間の中に作り込み、そこに入って何かを消費するといった一部のエンターテインメントのためのものでしたが、今後は、もっと幅広いビジネス目的の人や消費者が「共創」のために使うようになるのではないかと考えています。例えばメタバースで「会議をする」場合、メタバースには会議室が作り込まれているだけで、価値を作り出しているのはこの会議に参加する人たちです。この価値共創により、仮想空間の遊園地の中などで何らかの行動をするよりも、はるかにクリエイティブなものになっていくと思います。

2.リアルな世界へ価値を還元
もう一つは、リアルな世界に価値が戻ってくるようなサービスが今後、重要になってくるということです。オンラインゲームは、リアルな世界にはほとんど価値が返ってきません。もちろん心理的に良いことはありますが、ゲームの中のドラゴンを倒しても身体能力や業務スキルが向上するわけではありません。先述のように、仮想空間でトレーニングをしたら上手く仕事ができるようになるといった、リアルな世界へ価値を還元することが今後、重要になってくると考えます。

メタバースから、リアル世界に価値を還元する手法

メタバース上で、リアル世界へ価値を還元する手法は複数あります。例えばリアル世界では時間を遅くしたり、早くしたりすることはできませんが、仮想空間の中でなら、少し先の未来を知ることができたり、重力から解放されたりというようなリアル世界の制約をある程度、解くことができます。

また、メタバースでは全てのデータが記録されることから、リアル世界では不可能なマーケティングデータの取得が可能になります。例えば、バーチャル空間で渋谷を作って出店をすると人流がどう変わるかを検証するなどです。どれだけの人が寄ってくるか、どこに出店したら良いか、などのマーケティングを実際の店舗を出すことなく行うことが可能となります。

これはインフラにおいても同じことが言えます。街の中で物流や水道、電力をシミュレーションし、電力不足を防ぐ効率的な方法を模索し、最適化していくというのも一つのメタバースの新しい使われ方になります。

ログデータを取得できることは、ビジネスにおいて有利になる

産総研として、この「リアル世界への還元」が、メタバースのビジネス活用のポイントになると思っています。なぜなら、メタバース上でログデータを取得できること自体、ビジネスにおいて非常に有利になるからです。

なぜAmazon社が成功したのか。その一つは、リアル店舗の空間では取得できなかった、顧客の行動ログが取得できたことにあると考えます。彼らは顧客がAmazonのウェブサイトに訪れて、どの商品を閲覧したのかなど、全てのログを取得できているのです。これと同じことがメタバースでも起こります。デジタル空間の中を、顧客はどこへ向かいながら、どうやって歩いたのか、どこで何に注目したのか、誰と話したのかなど、全てのデータが残っています。そのデータを知識化することで、ビジネスにおいて強い立場となることができます。

日本の製造業がインターフェースとしてサービスに
乗り出すのを期待

インターフェースは、これまでゴーグルやスマートフォン、パソコンなどが主流でしたが、モノもインターフェースになり得ます。例えば、車や冷蔵庫など、製造に強みのある日本企業がモノをインターフェース化し、メタバースへの入口とすることで、今までとは違う多様なビジネスが展開できるのではないでしょうか。

例えば、冷蔵庫を製造する会社がメタバースに参加したとしましょう。リアル世界にある冷蔵庫を開けたら、仮想空間の冷蔵庫も開いて、冷蔵庫の中のコンテンツを共有できるようになるかもしれません。冷蔵庫の中で常備している牛乳が減ってきたら、「牛乳を買っておいて」と呼びかけると、自動的にネット注文されて自宅に届くようになるかもしれません。このように、いわゆるIoTとしてセンサーを備えることができる、ありとあらゆるモノがメタバースへのインターフェースになり得るのです。

私は、メタバースの中だけでデータを集めるのではなく、リアル世界との相互のやりとりができるようになることで、日本の産業が入り込める余地が大いにあると思っています。そのためには、「サービス化」が必要です。アップル社がiPhoneを開発・製造して収益と同時に、iPhone上のアプリなどのサービスによる収益も上げているように、ただインターフェースを作るだけではなく、いかにメタバースを使ったサービスに自ら乗り出していけるかどうかが重要です。

SDGsとメタバース事業との関係

メタバース事業を推進することにより、SDGs(持続可能な開発目標)への貢献にもつながると考えます。メタバース事業とSDGsがリンクする点は、大きく3つあります。

一つめは、「環境とエネルギー」です。先述の通り、メタバースはインフラの効率化に活用できます。街中で、どのようにエネルギーや水が流れているかというところもメタバース上で再現し、最適に配分することで現実世界に活かすことができます。

二つめは、「健康と福祉」です。メタバースはスポーツや介護などの分野に活かすことが可能であることから、老若男女、地域問わず幅広い人々に対して健康と福祉を提供できる可能性があります。

三つめは、「多様性」です。「空間を超える」という特徴から、メタバースでは地球の裏側の人と会って、交流することができます。座学で多様性について理解することも重要ですが、世界中の人とのメタバース上でのコミュニケーションも、我々が多様性を乗り越えるための一つの手段となり得るのではないでしょうか。

編集後記

これまでメタバースというと、遊園地やゲームの中の異次元の世界で過ごすというイメージが強くありましたが、今回、「リアル世界へ価値を還元する」というお話を伺い、メタバースのビジネス活用の可能性が明確になりました。また製造に強みのある日本企業が、モノをインターフェースとして活用し、メタバースのサービスに乗り出す未来に期待が生まれました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。