食による地域共創の可能性と
持続可能なサービス生産システムデザイン

2022/11/29
野中 朋美氏(のなか ともみ)
立命館大学 食マネジメント学部 准教授野中 朋美氏(のなか ともみ)
  • 2012年慶應義塾大学 博士課程修了(システムエンジニアリング学)
  • 2018年立命館大学 食マネジメント学部 准教授着任
  • 2020年立命館大学EDGE+Rプログラム副総括責任者着任
  • 2021年立命館大学 国際部副部長着任
    サービス学会 理事着任
    和食文化学会 理事着任

「人の情報を起点としたサービス生産システム設計・管理」や「持続可能なビジネス・社会システムデザイン」「食・食サービスを起点とした地域価値共創」等をテーマとし、研究を続けている。

コロナ禍において学校での対面授業ができなくなった2020年に誕生した、食をテーマとした持続可能なオンライン教育プラットフォームである「GAstroEdu(ガストロエデュ)」、そしてサービス生産システムデザインとSDGsとの関係について、立命館大学 食マネジメント学部 准教授 野中朋美先生にお話を伺いました。

目次

  1. ベンチャー企業の会社員から大学院を経てアカデミアの道へ
    持続可能なビジネス・社会システムデザイン研究に従事
  2. 食で世界とつなぐ教育・価値共創プラットフォーム「GAstroEdu」
  3. イノベーション教育・持続可能性教育手法としての可能性も
  4. 「人」を起点にしたサービス生産システムデザイン研究
  5. 編集後記

ベンチャー企業の会社員から大学院を経てアカデミアの道へ
持続可能なビジネス・社会システムデザイン研究に従事

大学時代、慶應義塾大学の環境情報学部で人間工学の研究を行っていた当時、研究者になることは考えていませんでした。ベンチャー企業の不動産会社でWEBマーティングに4年間従事した後、組織経営や組織論に興味が湧き、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、SDM)の修士博士課程を終えて、アカデミアの道に入りました。SDMでの研究テーマは「持続可能な生産」として環境に配慮した自動車生産などでしたが、やがて研究対象を製造業からサービス業および食サービス業に広げていくなかで、立命館大学の食マネジメント学部に移りました。食はさまざまな学問分野にまたがる総合科学であり、私は生産システム工学とサービス工学を専門とする教員として研究や教育を行っています。

食の研究を始めたきっかけは、神戸大学特任助教時代に携わった国の研究プロジェクトでした。レストランをはじめとする外食産業のサービス生産について、生産システム・生産管理研究分野の知見により生産効率の低さを解決することを目指す研究プロジェクトです。食以外にも、労働集約的な作業が将来も残るだろうサービス現場でのロボット・AIと人との協業、DXにおいて、人だからこそ発揮できる価値や新たな協業のかたちを研究することや、従業員満足ややりがい、成長や達成感によるモチベーションを考慮した生産システム設計に面白さを感じています。

また、2020年5月からは食マネジメント学部の教員らと連携として、オンラインを使って世界の人と地域をつなげながら、創造的教育や価値共創に取り組む「GAstroEdu」というプラットフォームの開発・研究を行っており、ますます食研究の魅力を実感しています。

食で世界とつなぐ教育・価値共創プラットフォーム「GAstroEdu」

「GAstroEdu」は、一つの食材をテーマに、日本と海外の食の生産や食に関わる人々と地域をオンライン技術で繋ぎ、生産者同士の対話や交流から価値創造を目指すオンラインワークショッププロジェクトです。

きっかけは2020年5月、新型コロナウイルス感染症が拡大し、小学校や大学をはじめとした学校での対面授業ができなくなった時期に、プロジェクト初期のメンバーが集まり「対面授業ができないからオンラインにするのではなく、オンラインだからこそできる未来の教育をつくりたい」と話したことにありました。
その3ヶ月後に立命館小学校の教員と生徒と一緒に、トマトをテーマにした第一弾のプロジェクト「Tomato Adventure(トマトアドベンチャー)」を実施。日本の小学生とイタリアのピッツァ職人、トマト生産者をつなぎ、フードロスの課題解決のアイデアを料理で表現してみようという内容です。

プロジェクトの初期は、小・中・高・大学生を対象に創造性教育を軸としてワークショップを行っていましたが、昨年度からは新たなプロジェクトの方向性として、地域の食資源を活用しながら、地域価値共創や地域創生のきっかけとなる場づくりを目指して取り組んでいます。

地域価値共創のワークショップの例として、2021年12月に行った「Lemon Adventure 2」があります。広島県尾道市瀬戸田町の特産物である瀬戸田レモンをテーマに、イタリア南部のレモンで有名な産地アマルフィとオンラインワークショップを行いました。日本と海外のレモンの生産者や加工業者、行政などレモンに携わる人たちをつなぐことで、地域や地域資源が持つ付加価値の再発見や新規ビジネス、価値共創、そして地域活性のきっかけとなる対話を目指しました。

尾道市瀬戸田町とは現在も継続的にいくつかのプロジェクトを実施しており、企画運営側の連携先も、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科白坂研究室や武庫川女子大学本田研究室、ZVC Japan(Zoom)、株式会社東日本放送、株式会社COMARSなどオープンイノベーションで仲間を増やしながら進めています。

2022年9月にはイタリアトリノで開催される世界的な食のイベントTerramadreに瀬戸田を代表して菓子職人の方が参加し、現地のジェラテリアとコラボレーションしたり、瀬戸田レモンとアマルフィレモンを使った新しいレモンスイーツを開発し、レモンワークショップを日本との同時中継をしながら開催しました。瀬戸田の菓子職人の方が、イタリアのレモン関係者と交流することで産地の哲学や文化を学んでいた点や、瀬戸田レモンが世界から見て高い品質と付加価値があることに改めて気づかれていた点など、今後のさらなる発展の可能性を再認識されている様子がとても印象的でした。

今後は、この取り組みを日本の他の地域にも拡大していきたいと考えています。食だけでなく地域資源をどのように活性化させていくかを考えるきっかけとなり、ものづくりについて地域と世界をつなぐことを支援できるような価値共創を行う研究に可能性を感じています。

イノベーション教育・持続可能性教育手法としての可能性も

「GAstroEdu」では、新しい教育手法としての価値も追究しています。私は昨年度まで文部科学省のアントレプレナー(起業家)育成事業であった立命館大学EDGE+Rプログラムの副総括責任者を務めており、アントレプレナーシップの育成やイノベーション教育の実践研究も行っています。今は大学生だけでなく、初等中等教育でもアイデア教育やイノベーション教育が大切だといわれています。子どもたちが、今すぐには起業しないとしても将来の内発的動機の種となるようなきっかけ、例えば海外の異文化体験や本物をリアルに実感するなど、どれだけ本物に触れる体験ができるかが大切であると考えています。

「GAstroEdu」のワークショップでは、最先端のオンライン技術を活用し、圧倒的な没入感のある体験を目指しています。今年度から導入した衛星回線の利用により、遠く離れた産地のレモンの皮のゴツゴツ感や、畑の土の様子、海上での漁の様子などをリアルに感じることができます。また、異文化体験という観点では、オンラインを介したヴァーチャルな体験だけではなく、実態を伴うタンジブルな体験も大切にしています。トマトアドベンチャーワークショップでイタリアのトマト缶を味見した小学生が「いつも食べているトマトの味と全然違う」と驚いて言っていたのですが、そのような直感的な体験ができることも食ならではだと思っています。従来のアントレプレナーシップ教育とイノベーション教育に課題があったとは思っていませんが、「GAstroEdu」の強みを活かして、世界中の子どもや大人たちのワクワクを醸成し、将来の内発的動機の種を育むきっかけをつくっていきたいです。

またこのプロジェクトは持続可能性教育としての可能性も秘めています。できるだけテーマとなる食材に対して多様な専門家が関わることで、持続可能性の理解を多視点から学び、俯瞰的な視座を持って異文化理解、多様性理解が進むようなプログラム制作を心がけています。

今後の展望としては、教育現場の先生方に学校でも参考になるような教育手法の開発を目指し、他の地域への展開はもちろんのこと、多様な方が価値共創に参画するプラットフォームにするために、学際領域出身の研究者としてシステムデザインの強みが活かせるような貢献をしていきたいと考えています。そして日本の活性化の小さな一端を担うきっかけの場になることを目指したいです。

「人」を起点にしたサービス生産システムデザイン研究

持続可能なビジネス・社会システムデザイン研究では、人・機械が共創する工程設計や職務設計の研究を進めています。人と機械との協業における役割分担や従業員満足、やりがいといった人の側面を考慮しながら、サービス生産システムデザインの研究を行っています。

例えば、人手不足や生産効率向上という課題からロボット導入計画を立てている企業は多くあります。レストランに配膳ロボットが入ったときに、直接的に代替される配膳作業のみならず、人が協業する際に新たなにどんな仕事を担当できるようにするのか、多能工化やスキル獲得、習熟曲線の変化に伴う達成感や成長などの動機付け要因を考慮しながら、機械と人の役割分担をどう切り分けて発展させていけるかという工程設計など、ロボット・AI導入時の支援のための研究を行っています。

オフィス業務のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の研究もあります。ロボットに単純作業を任せることで創出できた隙間時間で、人が何の作業を計画的に行うかは、工夫のしどころです。ロボット、AI、RPAによる効率化だけでなく、創意工夫や裁量を持って仕事を進めるエンパワメントを通じて、スタッフのやりがいやモチベーションを高めていくといった研究をしています。

また生産管理の研究も行っています。「食」は在庫が難しい典型的な分野でしたが、近年の熟成、冷凍や流通などの技術の発達により時間経過と共に食材の価値を上げるような保存も可能となってきました。在庫する時間をマネジメントするところまでを含めた在庫管理や配置問題は、食ならではの特徴的な研究テーマだと考えています。

今後、ますます労働人口の減少と価値観の多様化が進んでいくなか、ウェルビーイングをはじめ人の働き方に関する研究や企業の取り組みが活発になってきています。そうしたなかで、私は生産システム研究者として「人」に着目しているユニークさを出していきたいと思っています。機械化して生産効率を上げるだけでなく、それと同時に人だからこそできることや人の働きがいをどう引き出すかといった研究に従事していきたいです。

編集後記

「GAstroEdu」はコロナ禍だからこそ生まれた画期的なプラットフォームでありながら、同時に持続可能で先端的な教育手法としても、地域共創・地方創生としても価値のある取り組みであるという点に有意義さを感じました。また人の情報を起点としたサービス生産システムデザインでは「人」に視点をおいた研究がされていることに感銘を受けました。企業が現場に実装していくことで人手不足や生産性向上などの課題解決に寄与するだけでなく、より良いサービスが提供され、さらに持続可能性につながるのではないかと感じました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。