アイスシェルターによる冷熱エネルギーの持続可能性

2024/01/26
木村 賢人氏(きむら まさと)
帯広畜産大学 環境農学研究部門 准教授木村 賢人氏(きむら まさと)

香川大学を卒業後、北海道大学大学院へと進み、2010年に博士(農学)を取得。同年、帯広畜産大学 助教、2017年から准教授となり、現在に至る。農業気象学を専門とし、北海道の各地域の寒さの分布特性や、寒さを利用した貯蔵庫、主にアイスシェルターに関する研究を行っている。

再生可能(自然)エネルギーの一つである雪氷冷熱エネルギーは、農畜産物貯蔵などへの利活用が進んでおり、省エネ効果やCO2排出抑制効果が期待されています。今後の活用方法や持続可能性について、氷の冷熱エネルギーを利用するシステム、アイスシェルターを研究する帯広畜産大学 准教授 木村賢人先生にお話をお伺いしました。

目次

  1. アイスシェルターの研究に約20年従事
  2. アイスシェルターによる農畜産物の長期貯蔵
  3. アイスシェルターにおける課題
  4. アイスシェルターの利活用の可能性
  5. 冷熱エネルギーの持続可能性
  6. 編集後記

アイスシェルターの研究に約20年従事

20年近く、アイスシェルターの研究を続けています。

アイスシェルターは氷の冷熱によって貯蔵室の温度管理を行うシステムで、主に農畜産物の貯蔵に利用されています。

アイスシェルターは貯氷室と貯蔵室の2部屋に分かれており、貯氷室には水の入った容器(貯氷タンク)を積み重ねて設置します。冬は容器(貯氷タンク)内の水を冬の自然冷気のみで凍らせるため、貯氷室内の通気口が開放されます。

帯広市のアイスシェルターの外観
(写真提供:帯広畜産大学 木村賢人准教授)

夏は通気口を閉じ、断熱された壁・屋根から流入する熱によって氷は徐々に溶けます。その結果、貯氷室内では冬は水から氷、夏は氷から水という状態(相)変化が行われるため、一年を通じて約0℃の空気を作り出せます。その冷気を隣の貯蔵室に送風することで、農畜産物の長期貯蔵に最適な環境を創り出すことができます。

電気冷蔵庫では多くの電力を消費し、環境負荷が大きくなりますが、アイスシェルターは自然冷気のみで製造した氷の冷熱エネルギーを使うことで省エネを実現できます。

アイスシェルターは1986年に北海道大学農学部の故・堂腰純元教授が考案したもので、1989年に北海道の愛別町に初の貯蔵庫が建設され地道に研究が進められました。

アイスシェルターの概念図
(写真提供:帯広畜産大学 木村賢人准教授)

本格的な研究が始まったのは、2000年頃でした。私は2004年頃からアイスシェルターに興味を持ち、研究を始めました。2010年6月に帯広畜産大学に勤務してから現在に至るまで研究を続けています。

個人的に興味を持った理由は、北海道らしい研究がしたいと思ったことにあります。さらにアイスシェルターの研究があまり進んでいなかったこともあり、やりがいがあるとも感じました。

今後も研究を続け、地球温暖化の影響も加味し、地域の気象特性に応じた設計基準などを検討する予定です。幸いなことに、昨年、科研費(科学研究費助成事業)の支援をいただくことができましたので、継続することに意味があると感じています。

アイスシェルターによる農畜産物の長期貯蔵

アイスシェルターは水由来の熱エネルギーを利用するため、低温高湿環境を一年中、作り出すことができます。この環境は農畜産物の貯蔵に適しています。

電気冷蔵庫で馬鈴薯(じゃがいも)や人参などの根菜類を保存してもしぼんだり、しわができたりしてみずみずしさが失われます。低温低湿環境であるため、野菜の水分が奪われるからです。その反面、アイスシェルターは乾燥を防ぎ、水分が保持されるため、鮮度と品質を保つことができます。

(画像はイメージです)

特に、アイスシェルターでは馬鈴薯、牛蒡(ごぼう)、米などの貯蔵が向いていると思います。

2012年に帯広市に実証実験用の貯蔵庫が建設され、馬鈴薯を貯蔵しています。毎年9月頃に貯蔵した馬鈴薯は冬を越え、ひと夏は持ちます。

食味は、収穫したばかりの時期に比べると甘くなります。これは低温貯蔵された馬鈴薯の特徴です。馬鈴薯を低温で貯蔵すると、まるで防寒具を着るかのように自ら細胞内のでんぷんを糖に変え、凝固点を下げて凍らないようにします。これを「低糖化」といい、これにより甘くなるというわけです。

実証実験用の貯蔵庫で甘みを増した馬鈴薯は流通しており、今後も需要はあると思っています。

アイスシェルターにおける課題

アイスシェルターの課題としては、まず建設費などのイニシャルコストがかかる点が挙げられます。アイスシェルターは貯蔵室と貯氷室の二室構造であるため、実質、2つの構造物を建てる必要があります。さらに貯氷室に設置する容器(貯氷タンク)も用意しなければなりません。ただし、建設後の運用にはほとんど電力を使わないためランニングコストは安価に済みます。

帯広市のアイスシェルターの貯氷室
(写真提供:帯広畜産大学 木村賢人准教授)

技術的な課題としては、製氷をいかに効率よく行えるかという点があります。アイスシェルターを実現するには、100トン以上の水を12月から2月までにゆっくりと凍らせる必要があります。通気口を開けて、流入する冷気によって凍らせますが、そのときの通気口の開放面積、水を入れる容器(貯氷タンク)の大きさや並べ方によっても製氷状況が変わってきます。もちろん、その年の寒さ(気温)によっても製氷状況は影響します。そこで、実証実験用の貯蔵庫の貯氷室内において気温、水温、風速を測定し、貯氷室内の温度分布などを把握することで、製氷過程を評価しています。

もう一つ、夏に氷を長期間維持できるかという課題があります。解決するには貯蔵庫の断熱性能を把握する必要があり、氷の融解に関連する熱負荷を評価して、ひと夏に貯蔵庫内に流入する熱量を把握し、氷の融解量を観測、推定しています。

アイスシェルターの利活用の可能性

アイスシェルターを実現できる場所は、日本においては北海道に限定されるでしょう。

寒さを評価する指標として「積算寒度」があります。積算寒度とは、日平均気温が0℃未満の日だけを集め、そのマイナスの気温を積算した絶対値です。帯広では500〜600℃d、札幌では300℃d程度、北東北では山間部を除くとほとんどが150℃d未満です。

積算寒度が400℃d程度であれば100トン以上の氷を作ることができると考えています。したがって、北海道でも札幌や南部の地域では実用化はむずかしいかもしれませんが、それ以外の地域では建設可能だと考えています。

モンゴルにおけるアイスシェルターの外観
(写真提供:帯広畜産大学 木村賢人准教授)

さらに、海外においては北海道より寒い地域があります。その一つがモンゴルです。

2019年に、モンゴルの首都ウランバートル市内において日本のアイスシェルターが建設されました。この事例のように北海道に限らず、条件が合い、需要があればどこにでも作ることができます。北海道で考案された冷熱利用システムが世界に広がることにより、省エネや貯蔵に関して貢献できると考えています。

また、アイスシェルターは災害時にも役立つ可能性があると考えています。電源が喪失しても低温高湿状態で食品の保管ができることから、例えば被災者が避難施設にいるときなどに食物の保管に困った際に、鮮度を保った状態で保管できるアイスシェルターは役立つでしょう。

冷熱エネルギーの持続可能性

このまま温暖化が進み、暖冬が続くとアイスシェルター存続の危機が訪れるのではないか、とよく尋ねられます。確かに、温暖化によって暖冬となる頻度は増えると思われます。ただし、過去の冬の気象データを見ると、温暖化が顕著になる前の時代にも、近年のように暖冬となることはありました。そのときの積算寒度を見ると、北海道の大部分の地域では400℃d以上となったことから、アイスシェルターは問題なく運用できると思われます。

(画像はイメージです)

ただし、いかなる環境であっても貯氷室内で水を効率よく凍らせる必要があるため、その技術が確立しなければなりません。それによって、アイスシェルターを安定的に、さらに持続的に利用でき、環境負荷の少ない省エネ貯蔵などに寄与できると考えています。

編集後記

今回、アイスシェルターというシステムを初めて知りましたが、日本で考案されたと知り、さらに驚きました。モンゴルでも建設されたということから、世界的に日本の技術や価値が伝わっていく将来性、そして持続可能エネルギーとしてSDGsに貢献できそうだという点に期待が高まりました。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。