自動車業界のトレンド
〜技術進歩に伴い直面する課題とは?~

2024/08/30
清水 和夫氏(しみず かずお)
国際自動車ジャーナリスト清水 和夫氏(しみず かずお)

武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースに参加し、1981年からプロドライバーに転向。2024年4月には全日本ラリーで41年ぶりに優勝。現在は、国際自動車ジャーナリストとして活動中。自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで執筆し、TV番組のコメンテーターやシンポジウムのモデレーターとして多数の出演経験を持つ。神奈川工科大学特別客員教授、国土交通省車両安全対策委員、ASV検討委員なども務めている。

電気自動車や自動運転などの技術進化がめまぐるしい自動車業界において、未来への期待が高まるとともに新たな課題も浮かび上がってきています。今回は、自動車業界の最新トレンドや課題について、国際自動車ジャーナリストの清水和夫先生にお話をお伺いしました。

目次

  1. 電気自動車のトレンドと課題
  2. 自動運転を社会実装するために必要なこと
  3. データ活用を推進するために必要な車載OS
  4. 自動車製造関連企業はどう対応すべきか
  5. 自動車の未来の展望
  6. 編集後記

電気自動車のトレンドと課題

●電気や水素の供給元が重要に
昨今、世界各国で起きている電気自動車へのシフトは、CO2を排出する化石燃料から脱し、再生可能なクリーンエネルギーに転換する戦略に基づいています。つまり石油という一次エネルギーから、電気や水素という二次エネルギーへの転換が起きているということになります。一次エネルギーとは自然から直接採取できるエネルギーであり、二次エネルギーとは一次エネルギーを転換・加工することで得られるエネルギーです。

2024年4月に全日本ラリーで41年ぶりにクラス優勝を飾る
(写真提供:国際自動車ジャーナリスト 清水氏)

電気や水素はどこから供給するのかをしっかり考えなければ、環境問題の解決にはならないでしょう。

特にヨーロッパと日本は主に排気ガスによるCO2排出などの環境問題を全面に打ち出しており、ヨーロッパはパリ協定によって取り決められたCO2排出量の削減をゴールに据えて取り組んでいます。日本はCO2排出量を減らしながら、将来的には再生可能エネルギーの電気や水素にシフトしていく考え方を持っています。アメリカは発明の国であることもあり、電気自動車でイノベーションを起こすことをゴールに据えています。中国は先進国と肩を並べるために独自路線で取り組んでいるところがあります。

●バッテリーの安全性の評価が重要

電気自動車を支えるバッテリーは万能ではありません。先日も韓国でリチウムイオンバッテリー工場の火災事故が起きています。今後は安全性もしっかり評価していかなければならないでしょう。また充電を繰り返すことで劣化が激しくなることから、充電履歴を残しつつ、最終的には回収してリサイクルするところまでを考えたバリューチェーンを作っていくことがバッテリー製造における持続可能性につながると考えています。

電気自動車イメージ
(写真提供:国際自動車ジャーナリスト 清水氏)

●タイヤやブレーキダストの規制強化が進む

欧米では近年、人体に有害な窒素酸化物や一酸化炭素などを含む排気ガスだけでなく、タイヤやブレーキパッドの摩耗による粉塵も規制対象とする動きが高まっており、電気自動車だからといってクリーンとは言い切れなくなってきました。これからさらに規制が厳しくなります。

ヨーロッパでは2027年以降に「Euro 7(ユーロ7)」という非常に厳しい排ガス規制が施行され、粉塵についても規制が入っています。アメリカには「Tier 4(ティア4)」という窒素酸化物や微粒子の排出量に関する規制が段階的に高まっています。

このような背景から、エンジン自動車をつくる道であっても電気自動車をつくる道であっても、どちらも厳しさは増してきます。

日本の場合、アメリカへの自動車の輸出で利益を得ていることもあり、今後はアメリカの環境基準を参考にしていく必要があるでしょう。今、日本は世界とどのようにハーモナイズしていくのかというところに来ています。

自動運転を社会実装するために必要なこと

自動運転の分野では、特に2023年4月1日から「レベル4」の自動車の公道走行を認める改正道路交通法が施行されたことは大きなトピックでした。現在は、国土交通省と警察庁が安全性についてしっかりと議論しながら、技術基準を策定しているところです。

日本はまだ法律を作り上げている段階であり、アメリカや中国と比べて自動運転の社会実装が遅れているような印象があるかもしれません。しかし、これはアプローチ手法の違いです。
アメリカや中国は基準作りの前に、まず進めながら考えていくというアプローチ手法を取っているだけで、決して日本が遅れているわけではありません。

自動運転イメージ
(写真提供:国際自動車ジャーナリスト 清水氏)

今、日本の地方部は過疎化や人口減少により、路線バス事業は特に危機に面しており、持続可能な地域公共交通をはじめとした地域経済活性化のために、自動運転には大きな期待がかかっています。そのため、自動運転の問題は日本の地方が元気になるために、必ず成し遂げていかなければならない大きな社会課題のひとつと考えています。

自動運転を社会実装するには、地域社会の市町村と地元の交通事業者が共にビジネスのビジョンを描き、地域事業として成り立つというところまで見せる必要があると思っています。またそのようなビジョンを実現するには、日本の自動車メーカーをいかにその気にさせて、自動運転技術の開発や車両の提供などを通じて協力してもらうかが重要となります。

そのためには地域の自治体の首長に地域のビジョンのみならず、ビジネスのビジョンも描けるような「やる気」が求められるでしょう。また地域社会の要望も必要です。自動運転の社会によって働き方や暮らし方が変わる、という未来のメリットを見つめる社会受容性が大事であると考えます。

データ活用を推進するために必要な車載OS

近年、自動車の分野でもデータ活用が進められており、これからはスマートフォンのiOSやAndroid OSのように中央集権的にデータを管理・制御する、複数メーカー共通の車載OSが必要になってくると考えられます。そして、自動車の操作全般がデジタル化されたデジタルコックピットが整っていくでしょう。

外部の情報とクラウド連携することで、コネクテッド技術も必要になります。ただ外部とつながるようになるとサイバーアタックの温床になりやすいため、セキュリティ対策が非常に重要になります。

(画像はイメージです)

データ活用やコネクテッド技術の実現には、自動車メーカー単独では難しいことから、IT企業の協力が必要です。これからは、伝統的な自動車メーカーとIT企業が手を組んでいく方向になっていくのではないでしょうか。

電気自動車や自動運転は実用化には10年から15年ほどかかりますが、デジタルコックピットは近年、中国メーカーの技術革新が目覚ましいことから、世界の自動車産業のサプライチェーンも変化への対応が必要になってくるのではないでしょうか。

また近年はさまざまな理由で若い世代の車離れがあると聞きますが、より車を魅力的にするには車を“スマホ化”することも一案ではないでしょうか。これも車載OSの開発を急ぎたい理由の一つといえるでしょう。

たたでさえ車の価格が高騰している中、リセールバリューを下げないようにすることも重要な課題です。20世紀モデルの大量生産・大量販売の売り切り時代は終焉し、家やマンションと同様に、高い値段で買っても高く売りたいという人が増えています。バッテリーの改良やソフトウェアをアップデートできるようにすることで、長く乗っても価値の下がらない車が求められるでしょう。

自動車製造関連企業はどう対応すべきか

自動車製造業界は、大きく完成車メーカー(OEM)と部品を製造・供給するサプライヤーに分かれますが、OEMは今、さまざまな課題や選択肢があることで、どちらに舵を切るべきか判断を迷いがちな状況になってきていると考えられます。そうした中OEMおよびサプライヤーは自分たちの強みがどこにあるのかを再認識する必要があるでしょう。世界と戦っていくためにも、強みを打ち出すことで、市場で生き残っていけるのではないでしょうか。

OEMは、自らリクワイヤメント(要求仕様)を出すだけではなく、サプライヤーからの提案に耳を傾けることも大事だと思います。

(画像はイメージです)

サプライヤーは、ものづくりに関するデータをしっかりと管理することも必要です。万が一のトラブルが起きたときにも製造プロセスのどこに問題があったのかを即座に確認し、対応できるようにしておきたいものです。

●働く人々には視野を広げられる教育を

自動車の製造業界で働く人々に対しては、社内教育が重要になってくると思います。

自分の作っている部品が車として組み上がり、その車がお客さんのところに届き、その車に乗ってお客さんが社会に出ることに喜びを感じるように視野を広げた、最終的な自動車の目的が理解できるような教育をしてほしいですね。

これからどのようなモビリティ社会になっていき、ユーザーがどのような喜びを感じて車を利用していくのか、といったところまで考えられると、自身が作っている部品の価値や働く意義をさらに感じることができるようになると思います。

自動車の未来の展望

将来は、再生可能なエネルギーで動き、事故を起こさない車が走る社会が作られていくでしょう。また、10年もたたないうちに、世界のどこかで空飛ぶ自動車が生まれるのではないでしょうか。

特に期待しているのは、データ連携の分野です。企業はエンジン回転数や走行距離などの走行状況に関するユーザーデータなどを豊富に持ち合わせていますが、いまだに個々の企業内にとどまっています。それらのデータをどう外部と連携させていくかがポイントだと思います。どうしても各企業はデータを外に出したがらないものですが、連携をとるともっと自分自身が光り輝けることを知らなければなりません。データ連携によって何ができるのか、どんな嬉しいことが起きるのかを皆で考えていけたら良いのではないでしょうか。

編集後記

環境規制が厳しくなる中、自動車製造業界は規制に対応するのはもちろん、電気自動車のバッテリーやデータ連携などさまざまな技術革新にも対応する必要がある現状を垣間見ることができました。複雑化する市場の中、日本の自動車産業の発展と技術革新に期待します。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。