電気自動車はグリーンエネルギーを探す旅の途中

2021/06/04
清水 和夫氏(しみず かずお)
国際自動車ジャーナリスト清水 和夫氏(しみず かずお)

武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースに参加する一方、国際自動車ジャーナリストとして活動中。 自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで執筆し、TV番組のコメンテーターやシンポジウムのモデレーターとして多数の出演経験を持つ。2011年12月から日本自動車研究所客員研究員、ほかにも日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員をはじめ、自動車やITSに関する多様な検討委員を務める。自動車国際産業論に精通する一方、スポーツカーや安全運転のインストラクター業もこなす異色の活動を続けている。東京都出身。 https://www.startyourengines.net/
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6月25日に開催するノードソン株式会社「自動車向けバッテリーセミナー」における特別講演に先立ち、電気自動車をめぐるエネルギー問題についてお話を伺いました。自動車、そしてモータースポーツを愛するからこそ見えてきた課題と希望とは。エネルギー問題から車体デザインの変化まで、「全ては繋がっている」をリアルに感じるお話でした。

目次

  1. 自動車からモビリティへ
  2. 国際モータージャーナリストとして
  3. エネルギーに色が付く時代
  4. 電池がもたらす、エネルギー地産地消というパラダイムシフト
  5. バッテリーの開発競争はこれからもっと面白くなる
  6. 自動車の概念をアップデートする時が来ている
  7. 取材を終えて

自動車からモビリティへ

今、自動車に乗っているのは“「誰」か“を考えたことはありますか?2020年はコロナ・インパクトによって人流は少なくなりました。みなさんも出張がオンライン会議に置き換わるなど、移動機会が減ったかたも多いことでしょう。旅行客などの減少もニュースで取り上げられています。

ところが、物流自体はむしろ負荷が増えています。これまでお店で購入していた品物をオンラインでポチッとして家まで届けてもらう、宅配などの需要増加です。乗用車だけではなく、モビリティ(人や物の流れ)という見方をすると、コロナ・インパクトによってその中身が変わり始めたと考えなければいけません。今後、モビリティはライフラインそのものになってくるのです。

そう考えると「乗り物」から「移動性」へと視座が変わり、過疎と言われている地域での交通手段として自動運転を導入することへの期待も膨らみますね。

国際モータージャーナリストとして

私は1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースに参加してきました。その一方で国際自動車ジャーナリストとして取材・発信を続けています。平たく言うと自動車評論家です。その活動の中で「速いね、楽しいね、カッコイイね」だけでは見過ごせない課題、環境や安全への配慮にも真剣に取り組んで行かなければいけないと思うようになりました。

環境問題で言えば、都市部の排ガスの問題や地球温暖化の問題などがあります。これまでの自動車は化石燃料をエンジンで燃やしていますから、排気がキレイになったと言っても、人体に有害な物質の排出がゼロというわけではありません。また、人体に直接の毒性はなくても、温室効果ガスの一つである二酸化炭素を大量に排出するといった問題があります。現在地球上ではざっと10億台くらいの自動車が稼働しています。テクノロジーの進歩で1台からの負荷が小さくなったとしても、これほどの台数が都市部を中心に偏在していては、問題が起こらない筈がありません。

化石燃料の一つ、ガソリンを燃やして走る自動車が最初に考案されたのは1886年、ドイツでのことです。それから今年で135年ほど。地球45億年という歴史の中から考えると瞬きするような短い時間です。その間に産業革命以降急速に発展した工業化と2度の大きな戦争がありました。その後、1997年に開催された地球温暖化防止京都会議(COP3)で採択された京都議定書以降、地球の生態系が悪くなっていく一つの理由として、化石燃料を燃やし続ける自動車が負の要因の一つに数えられています。

これらを踏まえると、自動車ジャーナリストといっても、学ぶべき領域が広がってきてしまいました。昨今話題の電気自動車で言えば、バッテリーの知識も必要です。バッテリーは化学(バケガク)ですし、衝突安全はどちらかというと力学の範疇です。自動運転とは自動車のIT化、サイバーセキュリティも安全性に直結します。科学技術で言うと機械工学から化学、自然科学がフィールドですし、地球の資源を使うということを考えたら環境資源の知識など、あらゆる分野を横断する知識がないとこの問題に取り組めないという面があります。自動車、あるいはモビリティと社会との関係性を考えると、実はいろいろなところに接点があって、その一つずつに課題があるということで、どんどん研究の対象が広がってきました。と同時に、知識が増えたことで「まだ知らないこと・まだ分かっていないこと」も同時に増えています。

エネルギーに色が付く時代

今、自動車を運転している世代が子供だった頃、子供達が描く自動車にはテールパイプがあって、黒い煙を吐いていました。最近は排気の浄化で煙が消え、電気自動車の普及もあってテールパイプが描かれないことが増えています。電気自動車は排気がなく、動力はモーターなので音もしません。そこだけを見ると、もはや病院内で走らせても大丈夫と思える程、クリーンな乗り物に見えます。ここで敢えて「見えます」としたのには理由があります。その電気をどのように作ったのかを遡って考えたとき、製造過程のどこかで有害なモノを排出し、誰かを搾取しているという可能性にも目を向けることが重要だからです。

最近は、グリーンエネルギーの利用が推奨されています。電気には変わりはありませんが、太陽光や風力・水力・地熱・バイオマスなどから作られるエネルギー(電気)のことです。地球の持つ自然な力を使って作るキレイなエネルギーということで、自然エネルギーまたは再生可能エネルギーと呼ばれます。クリーンエネルギー(二酸化炭素を排出しない方法で発電された電気)とよく似ていますが、グリーンエネルギーは再生可能エネルギーで、二酸化炭素に「限らず」環境に負荷を与えない方法で発電されることと定められています。(資源エネルギー庁「グリーンエネルギーCO2削減相当量認証制度」の運営規則より翻案)また、バッテリーの製造に欠かせないレアメタルに関してもエシカルなものの利用が求められます。原料や製造の段階から消費後の影響まで考える時代なのです。(*エシカル=倫理・道徳)

電池がもたらす、エネルギー地産地消というパラダイムシフト

『電気自動車×再生可能エネルギー=環境問題解決』というイメージがありますが、実際に活用できるのはごく限られた地域です。フィヨルド地形の特性を戸別発電システムの普及で活用するノルウェーや、温泉による水と地熱、寒冷な気候との温度差を活かした地熱発電のアイスランドなどが有名ですね。これらの国では、グリーンエネルギーの利用に舵を切るのは当然の政策と言えるでしょう。

ところが日本では、原発を除いたエネルギー自給率は12%くらいしかありません。活火山が数多くあるとはいえ、急峻な山岳地帯に大きなエネルギー・プラントを建設することは現実的ではありません。国土面積に占める可住地域割合は27.3%と、ごく狭いエリアに人が住んでいることがわかります。太陽光パネルや風力発電も、国土の形状や気象条件を考えると主力に据えることは難しいでしょう。

では、これまでのようにどこか外国から輸入すれば良いのか?電気には、これまでの貿易とは異なる制限があります。それは電気の性質と電池の課題です。そのため、国際的にエネルギーの地産地消が求められているのです。

貿易は「有る」ところから「無い」ところに物資を移動することで価値を生む経済活動です。石油も自動車も、「生産国」から「消費国」へ移動することで世界が動いてきました。例えばディーゼルエンジンの場合、燃料の軽油は不揮発性なのでポリタンクで運搬可能、重量も同量の水程度です。燃料の補給も短時間で済みます。
しかし電気は同じようにはいきません。電気の場合、“今使う分を今作る”が基本的な使用方法です。そのままポリタンクに入れて持ち歩くことはできません。「電気エネルギー」は電子が移動することによるエネルギーのため、そのままの形で貯めておくことはできません。安価で安全・確実に安定的に電気を貯めておくには蓄電池の利用が最適です。スマートフォンの充電でお気づきかもしれませんが、電気を充電するには相応の時間がかかります。

また、バッテリーには電解質のショートで発火する可能性があることと、とにかく重いという弱点があります。自動車をそれなりの距離走らせるためには、1台につき300Kgを超えるようなバッテリーを備える必要があります。このような重量物を長距離運搬して製品に組み込むのは、経済原理から考えても、エネルギーの使い道から考えても整合性がとれません。そこで、電気自動車のバッテリーと、電気自体の地産地消が喫緊の課題になるわけです。電気自動車用バッテリー需要の急速な拡大が予想されることから、大手メーカーでは生産ラインの増強も発表されています。また、日本には優れた技術や経験を持つ小規模の事業者がたくさんいますが、電気自動車やバッテリー生産に欠かせないメンバーです。

国には大規模予算の採択と合わせて、日本製の電気自動車がいかに地球環境に貢献しているかを世界に示す基準作りを期待しています。そのためには、企業や省庁といった国内の枠組みを取り払い、オールジャパン体制で進めることが不可欠だと考えます。

バッテリーの開発競争はこれからもっと面白くなる

電気自動車では大型のリチウムイオンバッテリーが主流で、ここに一つの大きな流れがあることは間違いありません。しかし、電気自動車用バッテリーと一口に言っても、これからの開発が期待される完全固体電池や、現在もあらゆる自動車の心臓部を支えている12V鉛電池もバッテリーです。ハイブリッドカーへの搭載で熟成を重ねたニッケル水素電池もあります。

それぞれの長所短所を見極め上手に組み合わせることで、より地球に優しいカーライフを望めるようになるでしょう。家電分野で培ったノウハウや、今はメインストリームと思われていない技術が大化けする可能性もあります。多様性は技術分野でも決して無くしてはいけない要素です。

自動車の概念をアップデートする時が来ている

電気自動車の性能向上とときを同じくして、自動運転技術の著しい向上が見られます。日本では国際法よりも8ヶ月早く自動運転の法制化を行いました。ルールメイカーになれば、日本の基準で作ったものが世界で販売できるということです。自動車を運転するという概念も変わり始めています。また、ガソリンエンジンという制約から解放された自動車は、これまでとは全く異なる室内空間を持てるようになります。

意外かもしれませんが、自動車の形(デザイン)はエンジンの大きさに左右されています。電気自動車には排気管が必要なく、高温と振動の塊であるエンジンルームさえ無くなります。バッテリーにモーターとタイヤが繋がっているものと考えると、これまでの車内空間がいかに制約されたものであるかが分かるでしょう。
自分の部屋をよりパーソナルで快適なものにしたいと思うように、最高の移動空間として演出したいという感覚になるとしたら、そこには新しい価値が生まれると思うのです。

自動車を自動車セクターだけの問題・課題として考える時代は終わります。環境問題を発端に地球全体のエコシステムの改善として考える時代になります。その中にはフードロスや富の再分配などまさにSDGsで取り上げられるテーマの全てが複雑に絡んできます。多くのステークホルダーがそれぞれの正義を最大限に主張すると、どうしても軋轢が生じます。だからまずは、目の前のゴミを一つ拾うところから。そのゴミを見えないところによけるのではなく、「最後まで処理するにはどうするのが良いか」。自分のこととして考えていくことが大切なのだと思っています。

取材を終えて

「エネルギーには色がある」とはどういうことか。イメージ戦略ではない、本当のグリーンエネルギーについてもっと知りたいと思いました。また、世界は一様ではないという、当たり前だけれど忘れがちなことを深く見つめる入り口として、電気自動車についてもっと知りたいと思いました。

サイエンスライター富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)