製造業はエネルギーショックにどう備えるか 〜中東リスクから考える製造業の防衛策とSDGs〜
- 武蔵野大学 准教授/日本エネルギー経済研究所 客員研究員小林 周氏(こばやし あまね)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科にて修士号・博士号を取得。日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員、在リビア日本国大使館書記官などを経て現職。笹川平和財団和平調停センター主任研究員も兼務。中東・北アフリカの国際政治とエネルギー地政学を専門とする。今回の中東危機が、日本のエネルギー政策や安全保障、対中東外交に与える影響に注目している。
主な共著に『揺らぐ国際秩序と混迷する世界』(産経新聞出版、2024年)、『紛争が変える国家』(岩波書店、2020年)、『アフリカ安全保障論入門』(晃洋書房、2019年)など。
目次
製造業がエネルギーショックに備えるために必要なこと
2026年2月に勃発した米国・イスラエルとイランの軍事衝突、そしてホルムズ海峡の封鎖によって、世界のエネルギー供給は大きなショック状態に陥りました。特に、原油輸入の約95%を中東に依存する日本が受ける影響は甚大です。そうしたなかで、重油不足や石油・天然ガスから精製される原料不足により、製造業の生産にも影響が及んでいます。
利用するエネルギーのほとんどを輸入に頼らざるを得ない日本において、世界情勢によってエネルギーの安定供給が脅かされるリスクは今後も起こり得ることです。では、企業、特にエネルギー資源を多く必要とする製造業はどのような対策がとれるのか。それは、大きく3つあると考えています。
国際会議で発言する小林氏(画像提供:小林氏)1つ目は、原料やエネルギーの調達先の「多角化」と、製造・調達体制を複数持つ「冗長化」です。「卵は一つのカゴに盛るな」という格言が示すように、リスクを分散させるということが重要です。サプライチェーンが寸断されても、別ルートでの調達や製造が可能な体制を構築することは、大きな危機回避につながります。
2つ目は、世界情勢への関心と情報収集です。経済のグローバル化がますます進む現代において、世界で起こる問題は直接的・間接的に日本経済に影響を与えます。自社が関係する世界情勢のリスクに関心をもち、常にアンテナを張り、必要な対応を備えておくことは、経営の安定化には欠かせません。
3つ目は、コスト意識の転換です。調達にかかるコストだけでなく、経営の安定化に資するコストも見積もるべきだと考えます。資材や原料の調達先の多角化、製造体制の冗長化にはコストがかかります。しかしそれは、安定した製造体制の構築には不可欠なものです。これを単に不要なコストと捉えるのではなく、戦略的な投資と位置付け、平時から対策しておくことが、これからの製造業経営には求められていくと考えます。
日本が中東の石油に依存してきた背景
日本の原油輸入の約95%が中東に依存しているというのは、先にお伝えした通りです。ではなぜ、日本は中東依存から脱せないのでしょうか。
過去を振り返ると、1973年の第一次オイルショック以降、日本企業は石油調達の多角化を試みてきました。主な代替調達先は、東南アジアや中国です。しかし1990年代頃から、これらの国は経済発展に伴い、原油の輸出を減らし国内での利用を優先するようになりました。近年、さらに追い打ちをかけたのが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻です。ロシアへの経済制裁のため、日本はロシア産原油の輸入を大幅に減らしました。こうなると、安定的に大量の石油を調達できる中東が、最も現実的な供給国になるのです。
また、中東には世界で確認されている原油の約半分が埋蔵されているだけでなく、輸送面においても、日本に相対的に近いというアドバンテージがあります。たとえば、アメリカから輸入する場合、主な積出港があるメキシコ湾岸からパナマ運河などを経由し、太平洋を越えて日本に運ぶため、時間もコストもかかります。供給量の安定性といった面でも中東は随一です。同じ油田から継続的に採掘・輸出できるので、取引や輸送、ロジスティクスの予見可能性も高くなります。これらは民間企業がビジネスを行う上で非常に重要であり、結局は中東から大量の原油を輸入することが最も経済合理的だということになるのです。
一方で、エネルギー調達の多角化を進めている国もあります。韓国も日本同様、エネルギー自給率が低い国ですが、日本よりも石油輸入における中東依存度は低くなっています。その違いは、韓国が国策として政府主導でエネルギー問題に対応してきた点です。
日本の場合、企業に対して政府からアドバイスや要請を行うことはあっても、強制力を持って指示することはできません。そのため、経済合理的な観点から、取引しやすい中東からの調達が多くなってしまうのです。その代わり、日本政府は石油の備蓄を進めてきました。日本国内には、約8か月分(2026年1月末時点)の石油が備蓄されています。東南アジア諸国の備蓄量は1か月程度とされていますので、日本がいかにエネルギーショックに備えてきたかがわかるでしょう。
出典:小林周「日本と中東:エネルギー安全保障を超えた深化」
コンラート・アデナウアー財団『地政学時代の日本―外交・安全保障政策の新たな潮流―』2024年6月
過去のオイルショックと2026年のエネルギー危機の違い
1973年の第一次オイルショックと2026年のエネルギー危機では、石油の供給が滞った原因が異なります。第一次オイルショックでは、アラブ産油国が石油の減産や禁輸を政治的な交渉手段として用いました。
一方、2026年の危機では、産油国は石油を売りたく、消費国も購入したいにもかかわらず、ホルムズ海峡の船舶通航が滞ったことで輸送できない状況が生じました。いわば「売らない危機」から「運べない危機」への変化です。また、過去のオイルショックではホルムズ海峡自体は閉ざされておらず、同じ中東発のエネルギー危機でも、その構造は大きく異なります。
画像はイメージです日本は第一次オイルショックを教訓に、石油の備蓄に加え、調達先やエネルギー源の多角化、省エネ化を進めてきました。その結果、発電分野などでは石油への依存度が相当低下しています。しかし、それによって今回の危機を免れられたわけではありません。
その理由は、石油が「動力源」だけでなく、「ものづくりの原料」として幅広く使われるようになったためです。石油から精製されるナフサは、樹脂や接着剤、包装材など、さまざまな製品の原料になります。今回の危機では、エネルギー価格の上昇に加え、こうした石油由来の資材不足が製造業に直接影響しています。50年前と比べて石油の使われ方が変化したことで、エネルギー危機の影響が及ぶ範囲も広がっているのです。
エネルギーショックが製造業のサプライチェーンに及ぼす影響
今回の中東危機は専門家の間でも驚きをもって見られています。というのも、ホルムズ海峡の事実上の封鎖というのは、可能性はありつつも「まさか起きないだろう」と思われていたからです。ホルムズ海峡を封鎖すれば、イランも石油や天然ガスを売れないので、メリットがないと考えられていました。しかし、現実には起こってしまった。そして、その影響はたとえ米国・イスラエルとイランの対立が収束しても、長期にわたって世界に及ぶと思われます。
画像はイメージです今回の危機で、中東のエネルギー関連施設は大きなダメージを受けました。私はこうした施設の損傷による影響は、数年単位で残る可能性が高いと考えています。さらに、中東からの石油供給減が長期化すると、エネルギー資源に乏しく備蓄量も少ないアジアの経済が停滞します。東南・南アジア諸国は、日本企業の素材・部品供給を支える重要な生産拠点です。素材や部品を生産できなければ、日本国内にエネルギーや備蓄があっても、日本の製造業は稼働できません。サプライチェーンが国際化し、グローバルな分業が進むほど、一見、自社とは関係のない国のエネルギー事情が業務継続に打撃を与える可能性があるのです。
エネルギー転換によって変化する地政学リスク
一方で、世界的な製造企業の中には、今回の中東危機によるエネルギーショックの影響を緩和できたところがあります。その企業は、SDGsの取り組みとして、一部の製造を再生エネルギーへ転換する試みを進めていました。どこまで戦略的に計画されていたかはわかりませんが、結果として製造プロセスにおけるエネルギー転換の取り組みが功を奏したといえるでしょう。
ただし、再エネへの転換も、エネルギーショック対策として必ずしも盤石とは言い切れません。太陽光発電設備、蓄電池、風力発電用モーターなどをつくるには、銅、リチウム、ニッケル、レアアースといった多種多様な鉱物資源が必要です。これらの埋蔵地域や精製工程は特定の国に偏っているため、やはり資源国の情勢不安や他国との関係悪化が供給リスクになり得ます。
画像はイメージですまた、活用の幅が広がる液化天然ガス(LNG)も、その性質上決して安定したエネルギーとは言えません。LNGの保存や輸送にはマイナス162度という超低温を維持する必要があり、石油のように長期間備蓄することは現状困難です。日本のLNG輸入における中東依存度は約1割と、原油と比べれば軽微ですが、LNGの備蓄量は民間企業がもつ数週間分とされており、供給途絶となった際のリスクは大きいでしょう。
このように、どのエネルギーを選択しても地政学リスクは存在します。だからこそ、エネルギーの多角化と、世界情勢に関する情報収集が重要なのです。
持続可能な経済活動には、国や企業の能動的な関与が重要
日本がエネルギー資源に乏しいという状況は、残念ながら簡単に変化しません。しかし、第一次オイルショック後に省エネ技術が発展していったように、技術革新が日本の強みでもあります。たとえば、薄くて軽く、柔軟性のあるペロブスカイト太陽電池や、二酸化炭素の排出量を抑える高効率な火力発電技術など、日本が主導してきた技術は少なくありません。これらは脱炭素、すなわち環境配慮への取り組みとして注目されてきましたが、エネルギーの安定供給にも資する技術だといえます。
こうした日本発の技術を、エネルギー需要が高まるアジア諸国に展開することで、アジア全体のエネルギーの安定化につながり、さらには日本企業の国際競争力の強化にもつながると考えます。
国際会議での意見交換(画像提供:小林氏)これまでの日本のエネルギー安全保障は、いかにエネルギーを安く、大量に、安定的に確保するかという「消費者視点」が中心でした。しかし今後は、「供給セキュリティ」、つまりエネルギーや資源の安定供給を実現する仕組みそのものに関与していくことが重要です。たとえば、資源の採掘技術に乏しい国に対する技術支援など、供給者側と共にエネルギー・資源の開発に関わるところに、日本や日本企業の未来があるように思います。
また、製造現場においても取り組めることがあります。材料の使用量を減らす、製造方法や印刷方法を見直す、製造工程を省エネ・効率化する、代替となる材料や調達先を平時から検討するといった取り組みです。一つひとつは小さな改善に見えますが、積み重ねることで特定の資源やサプライチェーンへの依存を抑え、供給が滞った際の影響を抑えることができます。
過去のオイルショックでもみられた通り、エネルギーショックは、これまで当たり前とされてきた材料の使い方や調達方法、製造工程を見直すきっかけになります。資源を効率的に利用しながら、変化に耐えられる供給網を構築することは、危機への備えであると同時に、持続可能な経済活動を実現する取り組みでもあるのです。今回のエネルギーショックを、日本企業にとって戦略的な機会に変えていくことが求められます。
編集後記
中東情勢は日本の製造現場から遠い問題に見えますが、接着剤や包装材などの不足を通じて、日本のものづくりに直結していることを実感した方も少なくないと思います。世界の問題を「遠いところの問題」とせず、日本がどのような影響を受けるのかに、日々関心をもつことが危機への備えになると改めて感じました。また、お話を伺い、調達先の多角化だけでなく、材料の使い方や製造工程の見直しなど、製造現場が取り組める対策についてもわかりました。小さな取り組みでも、一つひとつの積み重ねが変化や危機に強い製造体制をつくるのだと思います。
- 堀江恵美子
インタビュー記事の執筆を中心に活動。士業や医師、経営者のほか、インタビュー慣れしていない人物へのインタビューも得意とする。インタビュイーが言語化できていないことを汲み取り、読者に分かりやすく伝えることがポリシー。