実は、宇宙にも天気予報があるのです
- 株式会社ヒンメル・コンサルティング 代表取締役斉田 季実治氏(さいた きみはる)
気象予報士/気象キャスター。NHK総合 ニュースウオッチ9(21:00-22:00)に出演する、人気お天気キャスター。連続テレビ小説「おかえりモネ」気象考証を担当。報道記者として数多くの災害現場を取材する中で、被害を未然に防ぎたいと考え気象の専門家へ。平成18年よりNHKで気象キャスターを務める。ABLab宇宙天気プロジェクトマネージャとして、宇宙天気の普及活動にも力を注いでいる。
https://ablab.space/category/space-weather/
目次
宇宙の天気も予報します
「宇宙」も「天気」も馴染みのある単語だと思います。しかし、「宇宙天気」となると聞いたことがないかたも多いでしょう。あるかたは「土星の嵐や、金星の雨も予想されるのですか?」「宇宙空間にも雨や雪が降るのですか?」と驚いていました。なるほど、宇宙といえば太陽系の星々を、天気といえば雨や風といった気象現象を想像しますよね。
定義のしかたによって違いはあるのですが、地表から100km以上の上空を宇宙と思っていただくのがわかりやすいと思います。見上げる空は、地表から切間なく空気の層が積み重なっています。高度によって、特徴的な風が吹く層や電気的な特性がある層など、一口に空といっても決して均質な状態ではありません。
現在の宇宙天気では、地球から太陽までの範囲で起こる磁気や放射線などの変化が観測の対象です。データは情報通信研究機構が運営する宇宙天気予報センター(NICT)のウェブサイトで見ることができます。
宇宙の天気が及ぼす影響
太陽の活動は常に一定ではない。これを意識しているかたはどのくらいいるでしょうか。「そういえば、太陽風とか、太陽フレアという単語を理科の授業で聞いたことがあるような…」「黒点って、増えたり減ったりするんですよね…?」お話をする中で、思い出されるかたも多いです。その「太陽風」や「黒点活動」が私たちの日常生活に及ぼす影響範囲が拡がっているのです。太陽の活動に伴って変化する磁気は非常に強力で、地上の電気設備に影響が出たこともあります。
地球が受ける太陽の影響は、地上の気象現象に例えられます。一時的な磁気の乱れを「磁気嵐」と呼ぶなど、イメージしやすいと思います。太陽風とは太陽から吹き出すプラズマです。プラズマとは電子や陽子を含む薄いガスです。この太陽風が北極や南極に近い上空で酸素や窒素を刺激して空に光のカーテンが見える現象があります。オーロラですね。神秘的で美しい現象で、観光資源として根強い人気があります。
しかし、太陽風を構成する「電気を帯びた微粒子(電子や陽子)」が曲者なのです。電気を持った大量の粒子が動くことは、人間活動で利用している電力設備や通信設備にも大きな影響を与えてしまうからです。
アメリカでは巨大太陽フレアが原因で大規模な停電が発生したこともあります。電力と通信が広い範囲で使用不能になってしまうことは、まさに災害です。台風予報と同様に、事前に影響範囲や避難準備、代替策を計画するなどの対応が進められています。
今は人工衛星からの情報が日常生活に欠かせないものとなっています。GPSも衛星放送も、天気予報も人工衛星から電波で送られてくるたくさんの情報があってこそ、成立するのです。GPSというと、今は地図アプリやカーナビゲーションシステムの道案内に使われていることはご存知ですね。ちょっとナビが乱れる程度でしたら影響を感じないかもしれません。しかし、その位置情報は自動運転車両やドローンを用いた荷物の運搬でも活用されます。無人の自動車が走行中にコントロールを失ったら、最悪の事態も予想されます。
また、電気自動車や電車、電子マネー、情報通信についても送電網や通信網がダメージを受けると、そのまま日常生活に影響が出るでしょう。例えば、最近では台風の予報を元に、公共交通機関の計画運休が行われるようになりました。これは気象災害の影響が大きくなってきていることと、何より天気予報の精度向上で信頼を得られるようになったことによるものです。宇宙天気の予報についても、「3日後に強い磁気嵐が予想されます。宇宙船のフライトに影響がでるおそれがありますので、今後の情報にご注意ください。」とアナウンスされる日が来るかもしれません。
気象予報士資格とキャスター
地上の天気については、お天気キャスターがお伝えするのが定番になっています。現在は気象予報士資格を持つ人がキャスターを務めることも多くなりました。実は、気象予報士試験の範囲は、天気や気温といった「気象」と、波や高潮といった「海象」に限られています。火山の噴火や地震といった「地象」は試験の範囲ではないのです。
ところが、気象庁の管轄にはそれらが含まれており、天気予報でも状況に応じて関連付けてお伝えしています。私自身は気象予報士であり、防災士の資格も取得したのは、より命を守る情報を的確に発信して行きたいと考えているからです。
一人ひとりに知っておいていただきたいことは、『新・いのちを守る気象情報』としてまとめました。こちらでは大雨、台風、熱中症、火山災害、地震、竜巻など、命や生活を脅かす災害の発生原理や対処法、最新情報の取得方法まで、網羅的にまとめています。ぜひ平時に目を通しておいていただきたい1冊に仕上がっています。私自身の熱中症体験記なども赤裸々に掲載しています。ピンチは突然やってきます。予め知っておくことが、正しい判断の助けになると思います。
地球の時間軸/人間の時間軸
「毎年のように異常気象と言われていますが、正しい気象とはどんなものですか?」「気温が上がるのは悪いことなのですか?」実にシンプルな疑問だと思います。異常気象については、「過去に経験した現象から大きく外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しない現象」のことです。気温や降水量といった数値で計測できるものは、過去30年間の平均値と比較してどのくらい高い(または低い)のかが基準となります。詳しい定義は気象庁のホームページでも紹介されているので、ぜひ一度アクセスしてみてください。
地球は数百年、数千年、数万年の単位で形を変えたり、気候が変化したりしてきました。ところが、人間が繁栄し経済活動を活発化していく中で、数年単位の短期間に広い範囲の地形を変えたり、大気の組成に影響を与えるほどガスを排出したり。この短期間での人為的変化こそが、問題なのだと思います。
国土交通省では「マイ・タイムライン」を作ることを推奨しています。みなさんはもう作られましたか?例えば、自宅で被災したとき、避難所の場所と道のり、自宅建物の条件などを総合的に考えて、どこへ、どのように、どのタイミングで避難するかのシナリオを事前に作っておくのです。避難先は、ホテルや近所の親戚・友人宅になる場合もあるでしょう。都市部では1週間過ごせるだけの避難物資を用意することをおすすめしているのですが、具体的に必要な内容は個人ごとに全く違ったものとなるでしょう。
私も防災活動の一環として、サマースクールなどでマイ・タイムラインを作るワークショップを開いたりしています。お一人で考えるのは心細いというかたは、そのような機会を活用するのもおすすめです。
幸運を過信しないで
「これまで無事に生きてきたから、今回も大丈夫」これを正常性バイアスといいます。正常な判断ができるうちに、「天気がこういう状態になったら雨戸を閉める」「自治体から避難指示が出たらとにかく体育館へ移動する」など、タイミングと行動内容を決めておきましょう。
大きな災害を避難で免れた人に取ったアンケートがあります。避難所への移動を決めたきっかけが、「ご近所さんに声を掛けられたから」という回答が多数見られました。テレビや防災無線では「うちは大丈夫」と思ってしまう人でも、お隣の方が避難するとなると、危機感が湧いてくるのでしょう。あなたの一言が、隣人を避難所に導く鍵になるかもしれません。
たとえ片道切符でも宇宙へ行ってみたい
さて、ここまで防災のお話を中心にしてきましたが、私には無謀とも思える夢があります。宇宙へ行ってみたいのです。子どもの頃からずっと思ってきました。宇宙飛行士になるために、まずは医学部へ行こうと思い立ち、2回の浪人生活も経験しました。その後、気象予報士資格がきっかけでお天気キャスターの道に入りましたが、現在は宇宙天気をお伝えし、広めることに。
2021年現在、宇宙へ行く方法は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士になるだけではありません。大金は必要ですが観光旅行で行く人、映画を撮る人、など、「別の道」も見えてきました。もしかしたら、現地から宇宙天気の中継をするために、レポーターとして行くことになるかもしれません。
個人的には、宇宙へ行けるなら片道切符でも構わないと思っています。そのくらい魅力的な場所です。宇宙へ出かける人が増え、人工衛星や宇宙ステーション、宇宙ホテルなどができると、宇宙天気の予報の重要度もどんどん高くなります。まだまだ発展途上の分野ですが、だからこそ面白くやりがいのある仕事だと思っています。
気象情報は幸せになるために
おかえりモネの登場人物で西島秀俊さんが演じた気象キャスター、朝岡さんのセリフに「気象情報は未来を良くするためにある」という言葉がありました。私も同じ気持ちで活動しています。気象キャスターとしていろんな情報をお伝えしているのですが、結局それが実際の行動に役立って初めて意味があるものになると思います。ですので、ぜひ実際に情報をひとつでも多く活かしていただければと思います。
取材を終えて
台風の予報や地震の情報を見ると、離れて住む両親のことが心配になります。これまではテレビや防災無線もあるし、危険になったら避難するだろうと思っていました。ですが、斉田さんのお話を伺うなかで、これも正常性バイアスかもしれないと思うようになりました。これからは「私も心配だし、斉田さんが早めに避難してって言ってましたよ」と電話で直接話をしようと思います。
- サイエンスライター富山佳奈利
幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)