ヘアサロンから考える、私の髪とSDGs

2022/04/04
佐藤 友美氏(さとう ゆみ)
佐藤 友美氏(さとう ゆみ)

テレビ制作会社勤務を経て文筆業に転向。元東京富士大学客員准教授。日本初のヘアライター。約20年のヘアライター人生で、約4万人、200万カットものヘアスタイル撮影に立ち合う。「美容師以上に髪の魅せ方を知っている」とプロも認める存在で、日本はもとより、海外でも美容師向けの講演を行い、セミナーを受けた美容師は延べ3万人を超える。
歯切れのいい解説で、NHK「あさイチ」、MBS・TBS系「林先生が驚く 初耳学!」などのテレビ、ラジオ番組などで活躍する一方、ヘアアドバイザーとして全国の女性の髪の悩みに答え、高い満足度を得ている。
https://satoyumi.com/
近著『髪のこと、これで、ぜんぶ。』

卒業や入学・就職のタイミングで髪型を変えた経験のある人は多いと思います。映画やドラマで登場人物のキャラクターを印象付ける際にも髪型が鍵になるという話も。生活に変化を迎える方が多い春にちなみ、ヘアライターから見た業界の変化とステキな髪型を手に入れるためのアドバイスを伺いました。

目次

  1. 偶然の出会いから「ヘアライター」へ
  2. コロナ禍で実現したタイムリーな企画
  3. ここ20年間の美容業界を振り返る
  4. SDGsに先駆けていた業界の動き
  5. コミュニケーションで髪型はもっとステキになる
  6. 編集後記

偶然の出会いから「ヘアライター」へ

「日本初のヘアライターです」と自己紹介をしますと、多くの方の頭に「?(クエスチョンマーク)」が浮かぶと思います。女性の髪の毛に関するあらゆることをテーマに、取材をして文章を書いたり、講演をしたりといった活動を20年以上続けています。

ライター業で身を立てると決めた当初、スポーツやノンフィクションといった「ハードボイルドなジャンル」で活動をしたいと考えていました。実は、ソフトテニスと共に青春を過ごしたバリバリの体育会系なのです。しかし、最初にご縁をいただいたのが女性ファッション誌のビューティー企画でした。

髪の毛をバッサリと切ったり、パーマやカラーでガラリと雰囲気を変えたりといった内容が見どころの、安定した人気のある企画です。外見の変化に制約があるプロモデルの出演は少なく、誌面でモデルを務めるのは読者モデルと呼ばれる一般の方々が大半です。撮影の前後でガラリと雰囲気が変わり、輝きを増した笑顔を見ることは感動です。1年ほどさまざまなジャンルでお仕事をさせていただきましたが、ヘアのジャンルに魅せられ、2年目からは「ヘアライター」と書いた名刺を持ちました。以来、延べ4万人を超える方々のヘアチェンジ、200万カット以上の写真撮影に立ち合っています。

コロナ禍で実現したタイムリーな企画

一般的にライターは文章を書く部分を担当する職種ですが、私の場合は編集の範疇まで丸ごと引き受けることが多いです。企画の提案から撮影にご協力いただけるヘアサロン(美容院)との交渉、スケジュール調整、ヘアカットの提案や撮影のディレクション、誌面の構成など、文字を書くのは仕事の1割ということもあります。大勢の関係者と仕事を続けるなかで培われたお互いの信頼関係が、大きな力を発揮することがあります。

日常生活にCOVID-19が明らかな影響を及ぼしたのは2020年に入ってすぐのことでした。謎の感染症から命を守るため「不要不急の外出は自粛」が合言葉でした。この時、美容業界も大きな打撃を受けました。

2018年 深圳での「道を継ぐ」出版記念講演にて
https://www.instagram.com/p/Bh9JCQyA31j/

先が見えない状況で、「どうすれば感染リスクを抑えて営業できるか」、「もし他国のようにロックダウンになったらどうなるのか」、「営業再開まで運転資金を繋ぐにはどのような制度が使えそうか」などをテーマに緊急連載を開始したのが4月のことです。それまでの仕事でお会いした世界中の美容師さん達とのネットワークが取材を可能にし、すぐに実践できる情報として発信することができました。(美容師が知っておきたい最新コロナ情報 全8回 https://www.qjnavi.jp/special/trend/satoyumi_em_1/

私が美容師さん達を見ていて特にステキだなと思うのが「秘伝のレシピを隠さない業界風土」です。「実践している感染対策」から「緊急事態宣言下でのお客様との繋がり方」「資金繰り」「スタッフのメンタルヘルスについて」まで、「こうしたら良かったですよ」というリアルな情報が惜しみなく共有されてきました。結果として、この時の連載記事は年間を通して最も読まれた記事となりました。

ここ20年間の美容業界を振り返る

日本では昔から美容師は女性が多い職業でした。実は国によっては8割方が男性というところもありますが、日本では約8割が女性という時期が長く続きました。

私がライターを始めた頃は「カリスマ美容師ブーム」の影響もあり、男性で美容師を目指す方が増えた時期でした。ヘアサロンの大規模チェーンが増えたのも同時期だと記憶しています。その後、ハード過ぎる働き方の見直しが美容業界にも波及し、現在は女性にとって働きやすい条件の整備が進んでいます。

職場としてのヘアサロンは、必要に迫られて起きた変化が時代とマッチした面があると思います。ミレニアル世代/Z世代(1980年代~2000年代生まれ)の価値観のひとつである『買い物は、自分たちの意思表明をする投票』の影響もあってか、働く人に対しても良いお店であることが求められます。また、美容師のなり手が減り、集客より求人の方が難しい時代とも言われています。こうしたことから、結婚や出産などで一度現場を離れた美容師さんが、数年後に復帰しやすい環境を整えることは、美容師さんのためだけではなく、ヘアサロン、ひいては美容業界全体のためにプラスの変化となっています。

雑誌の取材を受けている様子
https://www.instagram.com/p/CDxpVk7jdMC/

SDGsに先駆けていた業界の動き

一般的には馴染みが薄いかもしれませんが、髪の毛を扱う美容業界、ヘアサロンの運営には2段階の関わり方があります。私達に身近な側では、直接施術をしてくれる美容師さんやサロンで働く人。その周りには、ヘアサロンで使用するシャンプーやトリートメント、ヘアカラーやパーマ剤といった商品(サロン専売品)を開発、製造、販売する会社があり、そこで働く人がいます。

それぞれの立ち位置から考えて、工夫を凝らしてきたことを改めて見回すと、SDGsの取り組みと符合しているように思えます。

2030年までに達成すべき持続可能な開発目標としてSDGsの17項目が掲げられたのは2015年9月のこと。一般に広まったのはごく最近のことではないでしょうか。

例えば、SDGsといえば「脱プラスチック」がシンボリックな活動かと思います。詰め替え式に対応した商品のバリエーションが急速に増え、レジ袋の削減や過剰包装の見直しなども当たり前になりました。ヘアサロンで使用されるプロ向け商品では、以前から「詰め替え式」が標準仕様でした。当初の理由は経済効率性や在庫時の省スペース化という面が大きかったかもしれませんが、時代に先駆けた形となりました。

女性の労働環境という観点では、ワークライフバランスの確立、一旦職場から離れた人が復帰しやすい制度作りや工夫が、徐々に広まってきたように感じています。例えば、シャンプー、カット、カラー、ヘッドスパとメニューごとに施術者を変えられるサービス形態を導入し、「(ブランクがあって)ヘアカットは気後れするけれど、カラーリングや接客から気軽に再始動したい。」という希望を制度化したり、短時間でも勤務できる体系を導入したりと、女性が生き生きと輝いて働ける環境づくりが進んでいるように思います。

最近では、ドライヤーをかける時間が短くなるようなカット技術を身につけようといったユニークな取り組みや、脱プラスチックといった、SDGsのテーマにより直結する商品やサービスの開発・提案も増えてきました。メーカーさんの努力と美容師さんの工夫が、美容業界を地球にもお客さんにも、働く人にも優しい場所に進化させていると感じています。

コミュニケーションで髪型はもっとステキになる

最後に、髪型の話題を。4万人を超えるヘアチェンジに立ち合い、髪型の相談を数えきれない程受けてきて思うのは、髪型の成否を決めるのは、骨格でも髪質でも無く、美容師さんとのコミュニケーションです。
ここでいうコミュニケーションとは、芸能ゴシップや流行りのスイーツの話題ではありません。今日の施術でどんな髪型にしたいのかイメージをより精度よく共有し、サロンの仕上がりを自宅でも維持するためのテクニックを聞くのです。

「思ったのと違う髪型になった」という方に伺うと、例えば、鏡の前に座ったら「ボブにしてください」とオーダーしてそれきりというケースが多いのです。

そういう方の髪型は、私から見ると髪質に合った、骨格の特徴を捉えた、似合う髪型であることがほとんどです。しかし、ご本人にとっては納得がいかないと言う。これはイメージの擦り合わせができていないために起こった悲劇です。

一口に「ボブ」と言っても、クールやシャープ、知的な印象にしたいのか、優しそうな、愛らしいイメージにしたいのかは本人しか知りません。髪質や骨格のことは美容師さんが考えてくれますので、あなたは自分がまといたい雰囲気をシッカリと伝えれば良いのです。その雰囲気を実現する際に、美容師さんは髪質や骨格を考慮して施術してくれます。髪を乾かす際に注意することやヘア剤の使い方など、具体的な質問の数だけ髪型への満足度がアップします。髪型に自信があると、1日がよりハッピーになります。

命が最優先となる場面では、髪型が後回しになるタイミングもあるかもしれません。でも、生き生きと人生を歩むうえで、ヘアサロンやステキな髪型が勇気や元気を後押ししてくれることもまた、真実だと思っています。

編集後記

以前、佐藤さんのセミナーで映画やドラマ、マンガの登場人物を髪型でキャラクター分析したお話を伺いました。髪型自体が持つイメージを知ることで、他者からどのように見られているかを知り、どのように見せるかをコントロールできるという内容は私にとって衝撃的でした。新しい髪型のオーダーは「ありたい自分の姿」を言語化することなのだと認識を改めました。

サイエンスライター富山佳奈利

幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)