持続可能なものづくり
~ストックベース社会における資源循環~

2023/04/27
福重 真一氏(ふくしげ  しんいち)
早稲田大学 創造理工学部 教授福重 真一氏(ふくしげ しんいち)

2006年3月に東京大学 大学院工学系研究科の精密機械工学専攻(当時)の博士後期課程を修了し、博士(工学)を取得。2006年4月から大阪大学 大学院工学研究科 機械工学専攻の助手に着任後、2007年4月に助教、2012年6月に准教授に昇任。2020年4月から早稲田大学 創造理工学部 経営システム工学科の教授。主に持続可能なものづくりを実現するためのライフサイクルエンジニアリングに関する研究を行っている。

地球環境問題の深刻さが増している現代において、潤沢な資源やエネルギーの使用を前提とした従来のものづくりの概念を転換する必要性が生じています。持続可能な資源循環型社会の実現が強く求められるなか、製造業も新たな転換期を迎えています。これからのものづくりにおいて持っておくべきマインドとは?早稲田大学 創造理工学部で、持続可能な社会におけるものづくりシステムのあり方について研究をされている福重真一先生にお話をお伺いしました。

目次

  1. 持続可能な製品ライフサイクルの設計・運用方法を研究
  2. 「ストックベース」の考え方に基づく持続可能なものづくり
  3. 持続可能なものづくりに必要不可欠なデジタル技術
  4. 持続可能なものづくりを実現するためのデジタルプラットフォーム
  5. 製造業は今後、どのようなマインドを持てば良いか
  6. 日本のものづくりの哲学が活かせる
  7. 編集後記

持続可能な製品ライフサイクルの設計・運用方法を研究

私は現在、経営システム工学科の研究室において「社会のサステナビリティにデザインで貢献」をモットーに、専門とするデザイン学やライフサイクル工学を中心とした研究を行っています。

現在は大きく2つのテーマを柱に研究しています。一つは、持続可能な社会における製品やサービスのあり方を幅広く検討すること。今後は、より持続可能な社会の実現に資する製品・サービスを生み出していく必要がありますが、そこにデザイン学の知見を活かせるのではないかと考えています。もう一つは、それら製品・サービスといった様々な人工物のライフサイクルを設計・運用していくための方法論の探求です。製品の資源循環システムそのものを設計し、効果的にマネジメントするためのさまざまな技術を開発しています。

後者は、ライフサイクル工学と呼ばれる分野で長年研究されており、私は2000年代前半からこのテーマに取り組んでいます。近年は、サーキュラーエコノミー(循環経済)やSDGsの概念が広がっていますが、あくまでもそれらは理念であって、それを具体的に技術として落とし込むものがライフサイクル工学だと考えています。いわば、サーキュラーエコノミーやSDGsが目指す社会を実装するための手法を考える学問と言えます。

「ストックベース」の考え方に基づく持続可能なものづくり

従来のものづくりにおける資源循環は、大量生産・大量消費・大量廃棄のしくみを維持したままで、製品の廃棄後に、いかにその資源をリサイクルするかを考える「付加的循環型生産」でした。廃棄物をいかに有効活用するかという意味の「付加的」な生産です。しかしこれでは真に持続可能なものづくりとは言えません。

今後目指すべきは、今あるものをなるべく長く使うという考え方に基づく循環生産です。具体的な方法の一つは製品の長寿命化。耐久性の高いものを作り、メンテナンスや修理を通して最大限長く使うことを目指すものです。一度壊れても、リマニュファクチャリング(RM)により新品同様の状態に戻す技術もあります。リサイクルはどうしても修理できない場合の最終手段です。そしてリサイクルの過程で失われた分だけ資源を新規投入する。これをストックベースのものづくりと呼んでいます。

現代の工業製品は、簡単に修理ができない複雑な構造になっていることが多いですが、欧米ではユーザー自身で製品をメンテナンス・修理して長く使えるようにしようという「修理する権利(Right to repair)」が提唱され、すでに法制度として社会実装されている国もあります。欧州のサーキュラーエコノミー政策でも、中心的な概念として取り入れられており、製造業者は、ユーザーが製品を修理しながら使用し続けられるようにスペアパーツを提供する義務が課せられるようになっています。

「ストックベース社会のためのライフサイクルマネジメント」
画像出典:早稲田大学創造理工学部経営システム工学科 福重研究室
http://www.f.waseda.jp/fukushige/project.html

持続可能なものづくりに必要不可欠なデジタル技術

こうした持続可能なものづくりを実現するために鍵となるのが、デジタル技術を駆使した新しい生産と消費の形態です。

現在、世界的にサーキュラーエコノミーの考え方が広がりつつありますが、そこでもデジタル化が強く提唱されています。デジタル技術が資源循環の強力な推進力になるということです。これは、SDGsの12番目のゴールである「つくる責任 つかう責任」とも深い関りがあります。この目標は持続可能な消費と生産を目指すもので、製品の機能を消費者にどのように提供するかが鍵を握ります。この消費者と製造業者との連携には、デジタル技術によるサービス化が有効です。例えば、カーシェアリングやサブスクリプションなどのサービス形態には、デジタルプラットフォームが必要です。カーシェアリングでは、ユーザーがスマートフォンで車を予約し、鍵を開錠し、お金を払うことができます。この仕組みにより、より少ない製品(資源)でより多くのユーザーに機能を提供できるようになっています。また、消費者と中古製品とのマッチングによるリユース市場の形成にもデジタル技術が非常に強力なツールになっています。

企業と企業、企業と消費者との連携のためにデジタルプラットフォームを活用することで、限られた資源を有効活用するという仕組み作りに貢献することができると言えます。

持続可能なものづくりを実現するためのデジタルプラットフォーム

現状のものづくりは先述の通り「付加的循環型生産」であり、廃棄された製品のリサイクルのみをやっていては、将来的な資源枯渇は免れません。

持続可能なものづくりのためには、製品の長寿命化を図り、必要最小限の資源を最大限活用するような仕組みをつくらなければなりません。そのためには企業間連携が求められます。特に「動脈・静脈連携」が重要です。動脈産業とはものづくり企業のことで、静脈産業とは作ったモノを循環させる企業などのことですが、まさに製品のライフサイクルに関わるすべての企業間の連携を可能にするデジタルプラットフォームの構築が求められています。
そのようなデジタルプラットフォームの一形態として「Cyber-Physical Lifecycle System(CPLS)」の概念を提案しています。

この仕組みの適用例の一つとして、業務用機器を製造販売している企業におけるライフサイクルマネジメントがあります。業務用機器は回収・検査・メンテナンスのサイクルが重要ですが、この企業では全ての機器の状態をセンシングし、リアル空間で起こっていることをサイバー空間のデジタルツインとして再現しています。この情報を用いてライフサイクルシミュレーションを行い、最適な回収頻度やメンテナンス方法を見つけ、その結果をリアル空間にフィードバックし、実際の機器の運用や資源循環に活かしています。

「Cyber Physical Lifecycle System(CPLS)」
画像出典:早稲田大学創造理工学部経営システム工学科 福重研究室
http://www.f.waseda.jp/fukushige/project.html

製造業は今後、どのようなマインドを持てば良いか

持続可能なものづくりのために今後、製造業の方々に求められるのは先に述べたような「サービス化」の観点かと思われます。

資源価格が高騰する将来を見越して、いまあるものを長く使えるような仕組みにするためには、「もの」づくりだけではなく、「こと」づくりも融合した形で、ユーザーが必要とする機能を提供し、その対価としてお金を受け取るビジネスモデルを形成することが大事ではないかと考えています。

ユーザーが求めているのは製品(物質)そのものではなく、製品によって提供される機能ですから、物質は極力循環させながら、製品機能を持続的に提供する仕組みに転換する必要があります。

サービス型の循環ビジネスに移行することは、製造業にとってもメリットは大きいと考えます。ユーザーが使い終わった製品の回収・再利用を確実に行うことが出来ますし、加えて分解しやすい設計にすることで、リユースやリサイクルの効率が高まり、ライフサイクルコストの削減につながります。製品の長寿命化は、従来の売り切り型のビジネスであれば新製品の販売数を減少させる要因になりましたが、サービス化による機能提供型であれば、一つの製品を通じてより長く機能を提供し続け、その対価として安定した利益を得る仕組みにできるため、長寿命化はむしろ好都合であるとも言えます。

日本のものづくりの哲学が活かせる

かつての日本の伝統産業が得意としてきた長く使えるもの、耐久性の高いもの、高品質なものをつくるというものづくりの哲学は、これから目指すべき循環生産においてはさらに価値が増すと考えられます。

これからは、長く使える良いものを作って、その限られた資源をうまく活用するようなビジネスを行なっていくことが必要ではないかと考えます。デジタル技術を駆使する点が新しいとはいえ、昔から日本に伝わる「職人芸」のようなものが十分、活かされるものづくりの方法が循環生産ではないかと思うのです。

編集後記

日本の製造業といえば、積極的に環境保全の取り組みを実施している印象ですが、真のサーキュラーエコノミーを実現するためには、さらなる進化が必要であるということを知りました。新しいサービス型の資源循環システムによって地球に優しく、さらに日本の製造業の良さを発揮できる仕組みとなることを期待しています。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。