自動運転 レベル4解禁で生まれる社会課題とは?
~安全輸送システムの未来に向けて~

2023/04/03
大口 敬氏(おおぐち たかし)
東京大学 教授
生産技術研究所 次世代モビリティ研究センター センター長
大口 敬氏(おおぐち たかし)

1993年東京大学大学院工学研究科博士課程修了。
日産自動車株式会社、首都大学東京(現:東京都立大学)を経て2011年より東京大学生産技術研究所教授に着任。
交通制御工学を専門とし、「道路ネットワーク交通流マネジメント」や「自動運転を含めた総合交通システムデザイン」の研究を行なっている。

道路交通法が改正され、2023年4月1日から「自動運転レベル4」や「自動走行ロボットの公道走行」が解禁されました。SDGsの気運が高まるなか、交通弱者を含めた多様な人々にとって、交通の安全性が重要視されています。自動運転や自動走行が社会に実装されるために必要なことや理想的な未来について、東京大学の教授で生産技術研究所 次世代モビリティ研究センター センター長である、大口 敬先生にお伺いしました。

目次

  1. 近年は自動運転に関する社会実装を想定した研究に取り組む
  2. 道路交通法改正による自動運転「レベル4」解禁
  3. 自動運転レベル4に対する人々の懸念という課題に対して
  4. 安全な輸送システムの実現のために
  5. 次なるステップと実現のために必要なこと
  6. 編集後記

近年は自動運転に関する社会実装を想定した研究に取り組む

私は、1993年に東京大学で博士の学位を取得した後、自動車メーカーに就職し、2年半ほど勤めた後、首都大学東京(現・東京都立大学)の工学部の教育研究職に就き教授となり、2011年の4月から東京大学 生産技術研究所の教授に着任しました。現在は交通制御工学を専門に研究活動を行っています。

次の世代へ向けて、分野をまたいでモビリティに関する研究を行う「次世代モビリティ研究センター」が生産技術研究所内に構築されてから、十数年が経ちました。土木・交通工学、機械・制御工学、情報・通信工学などの各分野が横断的に連携してITS(Intelligent Transport Systems)の研究開発を行う組織です。国や公的組織の助成を受けた研究や民間企業との共同研究、受託研究など幅広く行っています。

ITSは、その言葉が国際的に定義された1995年当時、普及し始めたばかりの情報通信技術を交通に取り入れ、主に道路交通における課題解決の仕組みとして考えられました。高速道路のETC、鉄道のICカードをタッチして改札を通るシステムや、カーナビゲーションシステムへの渋滞情報提供などが社会実装された例であり、現在は、情報通信で結ばれた環境下で技術や社会を支えるインフラとなっています。
そして最先端技術として研究されているのが、自動運転です。また、車両の安全性を高めるために通信技術を活用する方法が普及段階に入ったところです。

私たちも、自動運転関連の研究を進めています。東京大学モビリティ・イノベーション連携研究機構(以下、UTmobI)という学内の文理融合の横断的な組織を、次世代モビリティ研究センターがコアになって、4年ほど前にスタートさせました。2014年から内閣府で開始された戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)で2023年3月まで実施された第1期、第2期には、その一つとして自動運転が含まれており、UTmobIが協力してきました。主に自動運転の社会実装を想定した研究活動を行っていました。

次世代モビリティ研究センター

道路交通法改正による自動運転「レベル4」解禁

2022年4月、運転手が存在しない車両が公道上を走ることを認める改正道路交通法が日本の国会で成立し、翌年4月に日本政府が定義する運転自動化レベルのレベル4が解禁されることになりました。つまり、「限定領域(ODD: Operational Design Domain)において、作動継続が困難なら即座に安全に車両を停止させるなどの機能も含めて、一切、人が関与せずに車両が運行される」ことが法的に認められました。ここでは、事前に規定されたルートなどの限定領域で輸送サービスするバスなどへの適用が想定されています。

出典:「官民 ITS 構想・ロードマップ」内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室作成「ロードマップ全体像」
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/its_roadmap_20210615.pdf

政府目標では、レベル4自動運転を限定地域で2025年度に数十箇所で社会実装することになっていますが、現実的にはまだ遠い未来となるでしょう。レベル4自動運転は、他車両などがいない専用道から歩行者、自転車まで混在する一般道へ、低速・短距離・小型のものから高速・長距離・大型のものへと、徐々に適用が拡大され、これに伴う新たな制度設計も必要となるでしょう。ただし、制度などについては社会の賛同を得て初めて実現できるものであるため、本格的な社会実装の時期ははっきりとは言えない状況です。

一方で、法改正により自動運転を認める一つのひな型が提示されました。これが今後、メジャーなものとなっていくのか、それとももっと新しい法的な枠で動くようになっていくのか、さまざまな可能性があると考えています。

自動運転レベル4に対する人々の懸念という課題に対して

10年ほど前から、自動運転に対する社会的な懸念をどう考えるべきかを議論してきました。万が一、人身事故が起きた場合、機械が行ったことを倫理的にどう取り扱うのかは、まだ決まっていません。社会として、どのようなケースを認め、どのようなケースを糾弾すべきなのかは、今後決めていかなければなりません。

現在のところ、刑事的な責任を問うのは必ずしも生産的ではないため、万が一のことがあっても最低限保証できるようなセーフティネット(社会保障制度)を用意するという鉄道事故などと同じ方向に自動運転も行くのではないかと考えています。

例えば、バスで人を運ぶのであれば、その運航事業免許を事業所が取得し、運用する車両は国土交通省自動車局が定める仕組みで安全性を検証する必要がありますが、さらに2022年の道路交通法の改正では、レベル4自動運転に相当する特定自動運行を実現するためには警察の許可が必要とされます。そしてその過程で、地域の市長・町長の意見を聞くことが定められています。市長や町長の意見を聞くということは、すなわち市民や町民の意見を聞くということです。市長が勝手に決めることはできないため、市民の合意をどのようにして得るかという、非常に高いハードルがあります。

自動運転車、自動走行ロボットなどを走らせて、誰にどのようなメリットがあるのか、そのためのコストを誰が負担するのかといったことに対して合意を得るためには、市民に納得してもらわなければなりません。それが最も大きい課題です。しかし、その合意がないと先に進めないようにすることで、本当に社会にとって価値があると認められたものが生み出せるはずだと考えています。

自動運転は技術の一種でしかなく、どこへどのような形で導入するかを、人口や年齢構成の変化、過疎化などの社会の変化に合わせて、関係者が皆で知恵を出し合って、望ましいモビリティをデザインしていかないといけません。改札機にカードをタッチして電車に乗ることができるようになったのと同様に、社会になじんでいき、気が付くと生活スタイルが大きく変化している。昔ではありえなかった新たなことができるようになる。そういったイノベーションが自動運転でも起きると考えています。

柏の葉キャンパス駅-東京大学柏キャンパス間で走行中の自動運転バス
出典:柏ITS推進協議会
http://www.kashiwa-its.jp/activity3/

安全な輸送システムの実現のために

自動運転や自動走行ロボットが解禁されたことで、SDGsという観点から、インクルーシブな社会を実現するために、高齢者、障がい者、妊婦、子どもといった交通弱者への配慮が問われています。

安全な輸送システムの実現のためには、自動運転の要素技術をどこに入れて、どう使うかが今後の課題となっていくでしょう。例えば、親が子どもを学校に送迎する際に、自動運転車を活用できるようになったとしても、親は子どもを一人で自動運転車に乗せることを不安に思うかもしれません。弱い立場の方々が阻害されないよう、むしろそのような方々が、よりインクルーシブになるよう、新技術を上手に使うことが必要です。

そのためにはさまざまな専門家の知恵を結集させて技術的な効果を出すのと同時に、自動運転に対して社会がどの程度まで認めるかといった意思決定を行い、インクルーシブな輸送システムを実現しようという価値観を社会の中で醸成していくことが最も重要だと考えています。

(イメージ画像)

次なるステップと実現のために必要なこと

よく勘違いされるのですが、レベル4の次のステップは、完全運転自動化のレベル5ではありません。運転自動化のレベル定義は、レベルが上がるから優れているということではなく、あくまでも技術の適用状態を分類しているだけです。実際にサービス化などを行い、本当に使い物になるかという点が重要になります。

では、次なるステップは何かといえば、典型的なのが、自動でブレーキがかかる、ぶつからない車です。初期の段階では、ブレーキがかからなくて良い場面でかかってしまうといった現実的ではない技術でしたが、徐々に成熟していき、車と車の追突を相当減らせるようになりました。しかし、人間や自転車を検知して止まるというのは極めて限定的にしか実現できていないため、これが技術的な課題の一つと言えます。

自動運転の機能がいかにして、我々にとって価値を生む、「助かる、嬉しい、楽しい」ものとなって普及に繋がるかが重要です。ユーザーによる経験から学び、技術が成熟していくことが望ましい姿です。

しかし、間違った強い規制が入り、人々がそれに服従させられながら自動運転が普及し、ハッピーではないというストーリーは、決して起こり得ないことではありません。そうならないよう、様々な立場の人が受け入れられるように、人々が望んでいることは何なのかをしっかりとウォッチしていくことが重要だと考えています。
また、私たち研究者は、自動運転や自動走行ロボットに関して各人の専門の中で閉じた研究を行うのではなく、積極的に協力・協業して既存領域を横断した新しいタイプの学問体系を生み出し、それを社会に転用できる形にする開かれた仕組み作りを志すべきだと考えています。

編集後記

自動運転レベル4解禁のニュースを受け、自動車を日頃から運転しない筆者としては、道路交通の安全性が危ぶまれることへの不安が大きいものでした。今回、大口先生のお話を伺い、市民の合意を得なければ走行できない仕組みとなっていることを知り、安心感を覚える一方で、SDGsへの意識が高まる日本において、さらなる議論の必要性と期待を感じました。同時に、自動運転は技術としては魅力的であり、便利な次世代の輸送システムの一助となることにも期待しています。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。