ちょいと一席、SDGs
- 落語家三遊亭 好青年氏(さんゆうてい こうせいねん)
落語家。大学時代、日本へ留学した際に目にした学生サークルのステージで落語に出会う。大学卒業後はボルボ 亭 ( てい ) イケ 也 ( や ) の名前で落語会に出演。2016年7月15日、三遊亭好楽に入門。前座名は10番目の弟子にちなみ「じゅうべえ」。2020年8月二つ目昇進を機に「好青年」へ改名。スウェーデン出身。 http://kouseinen.net/
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En tidsresa? Nej, det är Japan.
いきなりスウェーデン語で失礼いたしました。わたくし落語家を生業としております、三遊亭好青年(さんゆうてい こうせいねん)と申します。わたくしへは「好青年さん」とお呼びかけください。時々、三遊亭さんと話かけられることがあるのですが、こちらは「亭号(ていごう)」と申しまして商店でいえば屋号のようなもの。以後、三遊亭好青年を御見知り置きください。
さて、冒頭のスウェーデン語ですが、こちらは「タイムトラベル? いいえ、ここは日本です。」という文をGoogle翻訳にかけたものです。
日本へ来て、異国ですからね、たくさんの違いにいちいち驚いています。2021年の現在でもFAXが使われているとか、大人のKawaiiファッションとか、そういったところから感じる価値観の違いなどたくさんあります。最近まで無料配布されていたレジ袋などは、スウェーデンではかなり以前に廃止になっていましたので、タイムトリップしたかのような驚きでした。どちらが良いとか優れているとかではなく、違いがあるということを見つけるのです。
スウェーデンでは、子供の頃から「自分の意見を持ち、考えを伝えあう事」と、その力を高める事を大切にした教育を受けてきました。自立の大切さです。極端に言うならば、成熟した大人、成人としての思考や態度を常に示し続けることが大切で、周囲からも求められていると思います。
環境問題について考える事も、当たり前と申しますか、暮らしの基本的な部分になっています。スウェーデンにはしばらく帰れていないので、最新の状況と言えるかはわかりませんが、私が小さい頃からスウェーデンでは環境保護について考える習慣があります。例えば選挙の時は、政党の主張や当選後の影響について子供たちが自分で調べ考えを持ち、選挙結果や政策が環境に与える影響について話し合う授業などもありました。ノードソンさんの製品のひとつに、サトウキビを原料とする樹脂素材が使用されていると聞きました。二酸化炭素の排出を抑え、環境負荷低減につながるとのことですが、スウェーデンの子供たちはきっと「なぜ?サトウキビがどのようにして?」と関心を持ち、自分たちでその理由を考えることでしょう。
「一人で全部」に魅せられて
落語を初めて見たのは、最初の留学のときでした。学生サークルの発表だったと思います。面白いなと思いまして、ネットの動画を観て、それからライブを観に行く感覚で寄席へ足を運ぶようになりました。
実は、中学生の頃から演劇などを行っていました。せっかくの海外留学なので日本でも何か、母国語ではない言葉でのパフォーマンスに挑戦したいと思い、演劇部へ入部しました。
演劇では当然ですが一人一役が基本。役者は役者で、照明や音響、大道具など、裏方と呼ばれるスタッフなど、明確な役割分担があります。一方、落語は全てを一人で演じます。一人で何役にも演じることができ、とても面白いと思いました。
落語では、たった一人でストーリーテラーに始まり、子どもからお年寄り、男性、女性、効果音にお化けや狐狸の類まで、あらゆる役割を一手に演じます。衣装どころか小道具も変化なし。声色や言葉遣い、仕草だけで伝えなければなりません。長らく演じられてきた登場人物たちはどれも特徴的なキャラクターで、それぞれに魅力があります。自分が演じた中では、お侍さんの強情な感じや、与太郎のちょっとおバカな感じが新鮮でした。生意気な子どもも楽しいですね。おじいさんのセリフを喋った次の瞬間、お嫁さんになりきって裏声ではんなりと一言など、実際にやってみると忙しいものです。
トレーニングも独特です。まずは、トレーニングと言いませんね。修行にお稽古。修行の方法は、生活のすべてを落語に費やすような『昔ながら』の方法が、現代でも続いています。想像以上に昔ながらでした。芸の勉強以外の部分で、これほどまで周囲に気を遣うものなのかと。何人もの方からいただいたアドバイスを総合すると、『日本人になれ』という結論。そこで、修行中は日本人になりきると決めました。外国人に戻るのは、昇進してからにしよう。腹を括って、日本文化に染まる道を選びました。
修行の方法やポリシーも、部屋ごと、弟子入りした師匠ごとに違います。みなさんもテレビ番組などで、師匠に付きっきりで身の回りのお世話をする弟子の様子など、ご覧になったことがあるかと思います。付きっきりの具合はそれぞれで、うちの師匠は「師匠の顔色ばかり気にする、ご機嫌取りになるのはよくない」という方針でしたが、それでも大変でした。日本人になりきって、落語の型を身につける。パターンではなく、世界観の方です。これが『守破離』の『守』なのですね。
養成カリキュラムもありませんでした。スポーツや演劇では、練習メニューがあったり、腹式呼吸を習ったり、早口言葉で活舌を鍛えたりしますよね。落語では、演目がすべて。演目をやるための繰り返しの練習のなかで、発声も活舌も鍛えていくというものでした。繰り返し、繰り返し、繰り返す。そうやって受け継がれてきた落語をもっと多くの人に見て欲しい、そして楽しんで欲しいと思っています。
小噺をひとつ
落語には面白い話はたくさんあります。せっかくの機会なので「王子の狐」のあらすじをご紹介しましょう。
ある日のこと。男が道を歩いていると、女狐が若い娘に化けるところを目撃します。男は「ははぁ、狐のやつ、人を化すつもりだな」と考えまして、「逆にこちらが騙してやろう」と思いました。
狐と一緒に飲み屋へ入り、二人でたくさんお酒を飲みました。狐はしたたか酔っぱらい、眠ってしまいました。ここで男は勘定を払わずに帰ってしまいます。
翌日、男は狐を騙した武勇伝をご近所さんに得意げに話します。するとそれを聞いた相手が「それはイケナイ。狐は大変執念深いと言われているから、呪い殺されるかもしれないよ。だいたい、お酒だって本物だったのかどうか。酒だと思って飲んだのは馬の小便だったかも」などと言うではありませんか。恐ろしくなった男は手土産を持って狐の元に謝りに出かけます。
狐の家のそばで子狐に会うことができました。男は子狐にお詫びの印だと手土産を渡し、「おっかさんに、悪かったなと伝えておくれ」と言い、家に帰りました。
子狐が「今さっき、人間がお菓子を持ってきたよ」と母狐に伝えます。すると、母狐が言いました。「いいかい、そのお菓子は絶対に食べてはイケナイよ。だいたい人間っていう奴はなんて執念深いんだろう。こんなところまで来て、そのお菓子だって、馬の糞かもしれないよ」
いかがでしょうか。落語には、このような分かりやすく楽しい話がたくさんあります。
イマドキは落語のお題にSDGs
落語は古くからある話芸のひとつで、そのストーリーが明治時代以前に作られたものであれば古典落語、大正時代以降の場合は新作落語と呼ばれます。内容はとにかく面白い、笑える話であることが大前提です。笑いが主体の「滑稽噺」、人間の情愛を語る「人情噺」、幽霊や怪物が登場する「怪談噺」など、好みに合わせて演目を選んでみてください。
落語家の仕事の中には、テーマに合わせた新作落語を披露するというものがあります。学校や企業からの依頼には「SDGsを楽しく学べるものをお願いします」というものもあります。最近も、落語家や講談師の人達と一緒に、SDGsを楽しく学べる教材を作るというプロジェクトに参加しました。依頼元のかたは「落語を聞いて、楽しくSDGsも勉強できたらお得」と考えたのでしょうか。
わたくしは滑稽噺が好きなので、どんな会話やシチュエーションだったら面白いと思っていただけるか、頭を悩ませます。例えば、スウェーデンの人に日本を紹介するネタだとしますと、おっちょこちょいで早とちりのスウェーデン人が「日本で忍者の修行をしよう」とやってくるところから始めたり。または、二人の人がただただ、くだらない会話をするという形でも面白いと思います。噺の組み立てはその時々で変わりますが、何度やっても難しいです。
意外かもしれませんが、SDGsに限らず、面白くてためになる新作をやって欲しいという依頼は結構あります。新しい噺を作るのは大変ですが、『落語=楽しい』と思われているのはやはり嬉しいです。
独自の試みとしましては、『落語でFika(フィーカ:スウェーデン語でコーヒーブレイクの意味)』というイベントを開いています。日本語の他に、スウェーデン語で日本の古典落語を演じます。字幕も通訳も付きません。今はコロナ禍のためオンラインになっていますが、少しでもFikaやスウェーデンに興味を持ってもらえたらと思っています。
また、英語での落語にもチャレンジしています。古い日本語の言い回しなど、他の言語におきかえることが難しい表現もたくさん出てきます。
コロナ禍ということで、これまでのように寄席の高座に上がることができません。残念ながら以前からのお客様は「やっぱり生じゃないと、物足りないから」と仰っていました。
今はできることをやろうということで、いろいろな人達と協力しながらオンラインのイベントやYouTubeにも力を入れています。またいつか寄席での公演が普通にできるようになったら、元々の落語ファンとネットで知った新しいファン、両方のお客様が詰めかけてくれると信じています。
御後が宜しいようで。
取材を終えて
時空を超えた異文化に挑戦されるお話しを伺って、落語を生で見てみたいと思うようになりました。調べてみると、落語は室町時代から続いているとのこと。笑って泣けるストーリーは、時代を超えて受け継がれるのですね。SDGs落語が「古典」と呼ばれる時が来るまで人類が健康で平和に繁栄し続けるためにも、できることから始めよう・続けようと思いました。
- サイエンスライター富山佳奈利
幼少期よりジャンル不問の大量読書で蓄えた『知識の補助線』を武器に、サイエンスの意外な側面を軽やかに伝えている。趣味は博物館巡りと鳥類に噛まれること。北海道出身。鎌倉FMの理系雑学番組『理系の森』出演中(毎週土曜16:30〜 82.8MHz)