豪雪地での雪との共生
~事故防止・雪室・雪かき道場を通じた雪国文化の持続可能性~

2023/01/27
上村 靖司氏(かみむら せいじ)
長岡技術科学大学 工学部 機械系 熱・流体工学講座 教授上村 靖司氏(かみむら せいじ)

本大学院を卒業後、2014年より教授に着任。熱工学と自然災害科学・防災学を研究分野としながら、日本雪工学会の会長等も務める。雪氷工学研究室を主宰し、豪雪と折り合いをつけながら安全に暮らすための技術の開発や、積極的に雪や氷を活用する技術の開発に取り組んでいる。また全国から雪かきボランティア希望の未経験者向けに講習を行う「雪かき道場」を運営している。

新潟県長岡市にある国立長岡技術科学大学の教授であり、雪氷工学研究室を主宰する上村靖司先生は、新潟の豪雪地域を中心にした豪雪の災害リスクや利活用についての研究・実践をされています。今回は、そんな豪雪地域に根付く文化の持続可能性や、雪を有効活用しSDGs貢献につながる取り組みについてお伺いしました。

目次

  1. 特別豪雪地帯にある唯一の国立大学の使命として
  2. 豪雪のリスク ~除雪作業中の事故への対策~
  3. 雪エネルギーによる「雪室(ゆきむろ)」
  4. 全国に広がる「雪かき道場」
  5. 地球温暖化による雪害の激甚化
  6. 今後の展望
  7. 編集後記

特別豪雪地帯にある唯一の国立大学の使命として

私は大学院を修了してすぐに長岡技術科学大学の助手に着任し、2014年に教授となりました。恩師が開設した雪氷工学研究室を引き継ぎ、新潟県内を中心に雪の害から利用まで幅広く研究や実践に取り組んでいます。

雪の多い地域は、法律では「豪雪地帯」と定義されており、特に雪の多い地域を「特別豪雪地帯」と呼びます。全国に86ある国立大学のうち、特別豪雪地帯に本拠地があるのは当大学のみということから、雪に関する研究は私たちの使命だと考えています。

長岡技術科学大学

雪国にあるさまざまな問題、例えば道路の除雪、雪降ろしにおける事故や自然災害をいかに減らしていくかを研究しています。それと同時に雪や氷を活用したエネルギーに関する研究も行っています。雪や氷のエネルギーは、2002年の「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新エネ法)」で新エネルギーに位置付けられ、再生可能エネルギーとして認められています。除雪で集めた雪を夏まで保管し、冷房や冷蔵に使えばエネルギーとして活用することができるのです。

豪雪のリスク ~除雪作業中の事故への対策~

豪雪地域の雪害は非常に深刻で、大雪の年には全国で100名近い方々が亡くなっています。阪神・淡路大震災や東日本大震災などの巨大災害を除けば、我が国で最も深刻な自然災害と考えています。

特徴的なのは除雪作業中の事故が非常に多いことです。屋根からの雪降ろしの際に落下したり、高齢者が水路に落ちたりといったさまざまな事故があります。高齢化・過疎化などの社会構造の変化が雪害をより深刻にしています。

屋根からの雪降ろしの光景

リスクの度合いを測った上で、問題を分析して一つずつに対策を考えています。完全に雪を「敵」としてみなすより、ちょうど良いバランスをとり、かつ安全に暮らしていく。つまり自然との折り合いを付けることを大切にして取り組んでいます。

除雪作業中の事故に対しては、命綱をつけて転落を防止することの普及啓発をしています。転落事故の半分くらいがハシゴ関連ということもあり、「ハードルラダー」というハシゴをメーカーと共同で開発しました。上部につけた「手がかり棒」が特長で、必要なときに引き出して使うのですが、屋根に上ったり下りたりするとき、これがあるだけで、ハシゴの横に体がはみ出ることなく、まっすぐ乗り移ることができます。たった一本の棒を足すだけで転落事故を大きく減らすことができるのです。

「ハードルラダー」

雪降ろしに限らず、台風被害による屋根瓦損傷の応急処置、太陽光パネルやアンテナの設置など、屋根に上る場面は多々あります。すでにメーカーはこの技術を他地域にも展開し始めています。

雪エネルギーによる「雪室(ゆきむろ)」

雪エネルギーの利活用

雪は、夏まで保管しておくと強力な冷熱源になります。1キロの雪を溶かすには80度の1リットルのお湯が必要です。逆を言えば、雪が1キロあれば80度のお湯を0度に冷やせるということです。それだけの熱量があるので、冷房や冷蔵に十分使えます。冷房としては、北海道の新千歳空港の除雪で出た約7万トンの雪でターミナルビルの冷房の2割ほどをまかなっている事例があります。

冷蔵としては、雪の冷蔵庫「雪室」が普及し始めています。断熱した倉庫の半分に雪を入れて、残り半分に野菜などを入れるだけです。電源を使わない冷蔵庫なので、停電しても保存している野菜や穀物が傷みません。電気冷蔵庫の温度は、通常5度に設定されていますが、実は4~7度くらいの幅で変動しており、湿度も40%くらいまで下がることもあります。それに比べて雪室の中は常に温度0度、湿度100%で、かつそれが安定しているという強みがあります。

雪室に米を入れると一年中新米の品質を保ちます。じゃがいもやにんじんなどの根菜類は美味しくなることも分かっています。コーヒーは雪室に入れるとえぐみが抜けて、いい香りが残るというデータもあり、新潟の定番土産にもなりました。

●雪の伝統文化とSDGs
こうした雪室の強みが知られるようになり、魚沼市と南魚沼市には雪室を併設した食品業がすでに12施設できており、食品産業のクラスターが形成されつつあります。これを私は「スノーフードバレー」と呼んでいます。省エネや再生エネルギー利用の観点だけでなくSDGsの観点からも、今後の展開に大いに期待しているところです。

豪雪地では雪害という負の面がある一方、雪を活かしたエコな産業が増え、新たな価値が生み出されている面もあります。もともと、雪国では冬季に雪の下に大根を入れて保管するといった伝統文化がありました。これは野菜の採れない冬に、新鮮な野菜を食べるための知恵でした。冷蔵庫の普及で一時は消えてしまったのですが、近代的な技術をまとって35年ほど前に復活を遂げ、今や一つの産業クラスターを形成するまでに育ってきました。

全国に広がる「雪かき道場」

雪かきは重労働で、高齢者が多い地域では事故も多くなりがちです。雪かきのボランティアをしたいというお声を全国からいただくのですが、未経験の方に危険なことをさせられませんので、15年程前に「雪かき道場」を創設しました。初日に雪かきに使うスコップやスノーダンプの使い方の講習を行い、夜は食事会で地域の皆さんと交流し、翌朝には高齢者宅に除雪のお手伝いに行くというプログラムで、最後に修了証を授与しています。すでに新潟県内の各地や長野県、山形県、富山県、石川県、滋賀県、兵庫県などでも実施し、プログラムの「のれん分け」も行っており、全国に広がっています。

「雪かき道場」の雪かきの様子

始めたきっかけは、戦後二番目の被害を記録した平成18年豪雪でした。全国からの除雪を手伝いたいという声を何とか力に変えていきたいとの思いからでした。ボランティアという概念自体は昔からありましたが、雪国ではない地域から積極的に受け入れてトレーニングしようという取り組みはおそらく私たちが初めてだったと思います。防災の分野では「支援力」に対する「受援力」という言葉があります。支援の申し出があっても、地域に受け入れる力がないと、その力は実際に役に立たないのです。雪かき道場の開催が地域の受援力向上に役立っているというのが私たちの実感です。

「雪かき道場」の参加者たちと

参加者の方にとっては、雪かきという新鮮な体験に加えて人的交流ができ、さらに終わった後には美味しいものを食べて温泉に入って帰宅する。それは一つの新しいエコツーリズムなのではないかと思っています。

新潟県の除雪ボランティア登録制度「スコップ」には2千人を超える登録者がいますが、未経験者がまず雪かき道場に参加するケースもあり、良い形で連携しています。企業もCSR事業の一環として、ボランティアを毎年派遣されているところも多くあります。社会課題を最前線で目の当たりにすることで、仕事への意識付けも強まるのではないでしょうか。その価値を見出して参加くださる企業様もいらっしゃいます。

地球温暖化による雪害の激甚化

地球温暖化により雪が降らなくなると言われていますが、降るときにはドカンと降り、降らないときには全く降らないというように、振れ幅が大きくなってきているところもあります。今後もその傾向は強まるでしょう。そうなると今まで以上に雪対策が難しくなっていくと考えられます。

大雪になって道具や人手などのリソース不足したときに、広域で応援し合う体制が必要となるでしょう。地震や水害と同様に雪かきでも広域での連携が重要になってきます。雪かき道場を通じて日頃から交流しておくことが、いざというときに有効な防災力になると思っています。

すでに、他の区市町村の防災備蓄を新潟の市町村で受け入れる議論が始まっています。新潟に防災備蓄基地を置き、必要があれば首都圏にはトラックで2~3時間ほどで運べます。同時に、普段から人的交流をしながら、姉妹都市のような形で良い関係を築いていき、首都直下地震などの大規模災害時の支援体制を備えておければと思います。

今後の展望

日本における人口減少、高齢化、若い世代の都市部への流出といった問題の最先端にいるのが雪国です。その解決のためにも「雪国を元気にしたい」と考え、日々取り組んでいます。子どもたちには雪国で生まれ育ったということを誇らしく思って欲しいです。さらに雪国には、独自の文化と助け合いの心があります。雪国を今以上に価値のあるものにするためにも、除雪事故などの危険なことはゼロに近付けていかなければなりませんし、雪に価値を見出し、いかに経済的な効果に変えていけるかを見せていきたいと考えています。

編集後記

私は北海道で生まれ幼少期を雪国で過ごしましたが、大雪が降ると生活が大変になり、雪かきは重労働という過酷なイメージだけがありました。今回、雪を再生エネルギーとして雪室などに利活用しようというポジティブな取り組みが進んでいることに関して、未来と可能性を感じ、雪国に対するイメージがとても明るくなりました。雪害は深刻である一方で、活かす取り組みがもっと全国に広がっていくことで、雪との共生の持続可能性は高まっていくのではないかと思います。

ライター石原亜香利

多様なメディアでトレンドやビジネスパーソンに役立つテーマで執筆。特に専門家への取材記事を得意とする。BtoBビジネス向けの企業と顧客のコミュニケーションをつなぐライティングも行う。「読み手にわかりやすく伝える」ことがモットー。